小説

『真冬のセミ』羽賀加代子(『アリとキリギリス』)

ツギクルバナー

「おやっ?」
アリは窓の外に視線を向けた。
「今、何か動いたような……」
外は夜の帳が下り、先程から雪が降り続いている。
「んー……」
アリは窓に顔を近付け目を凝らした。
「どうかしましたか?」
キリギリスはバイオリンを弾く手を止め、アリの方を見た。
「いや、何か生き物の気配がしたんだが……」
「こんな雪の日に動き回ってるのは腹を空かせた獣だけでしょう」
「うーん……。なんかこう、もっと小さい、虫のような……」
「まさか」
キリギリスが笑いながら再びバイオリンの弦に弓を当てた時、
「あ! ほら!」
アリが窓の外を指差して叫んだ。
「え? ちょっと! アリさん!」
キリギリスの声を背中に受けながら、アリは衝動的に家を飛び出した。

ここはアリの家。
数年前の冬に命を救ったキリギリスと、木の根元に小さな洞穴を掘り二人でひっそりと暮らしている。
キリギリスはあれから改心し、アリと共に額に汗して働く日々を送っている。アリに頭が上がらないのだ。
「ちょっと、キリギリスくん! 手伝ってくれないか?」
「はい?」
雪にまみれて戻って来たアリは、そう叫ぶと再び雪の中に引き返して行った。
「ええ? 一体何事ですかぁ?」
キリギリスは重い腰を「よっこらせ」と上げると、バイオリンを椅子の上に丁寧に置き、渋々アリの後を追った。面倒臭がりの性分は相変わらずだ。

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