小説

『真冬のセミ』羽賀加代子(『アリとキリギリス』)

「どうしたんですか?」
アリは雪の中から何かを掘り起こしているようだ。
「何か埋まってるんですか?」
「キリギリスくん、ちょっとこっちに来てこれを持ち上げてくれないか?」
「持ち上げるって、一体何を……」
キリギリスは近付いてギョッとした。
黄土色の脚が二本、雪の中からにょっきり突き出て宙を掴むようにうようよと蠢いている。
「これ、何ですか?」
「わからない。とにかく引っ張ってくれ」
「了解」
キリギリスは蠢く脚を二本掴むと、力を込めた。
「ちょっと、ちょっと、キリギリスくん! 優しく頼むよ」
「ええ? わかりましたよ……」
キリギリスは気怠そうに返事をすると、「よいしょっ」と少しずつ力を加えながら、その脚をゆっくり引き上げた。
「おや」
雪の中から現れたのは、セミの幼虫だった。
「何でこんな所に?」
「うーん……」
セミの幼虫は苦しそうに身体を捻った。
「大変だ。凍傷になりかけてる。キリギリスくん、悪いが家まで運んでくれないか?」
「了解!」
キリギリスは心の中で「全く、人使い荒いんだから……」とぼやきながらも、「命の恩人のこのお方には逆らえない」と腹をくくり、「よっこらせ」とセミの幼虫を担ぐと、我が家に向かって一歩一歩慎重に歩き出した。

「ふぅー。到着」
キリギリスは、アリが暖炉の前に設えた長椅子の上にセミの幼虫をそーっと下ろして寝かせると、右の前足で左肩を押さえながら腰を伸ばした。

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