小説

『真冬のセミ』羽賀加代子(『アリとキリギリス』)

「もし良かったら、春までゆっくりしてって下さい。どうせこの雪じゃあ、貴方の家を探すことができませんからね」
「え? いいんですか?」
「もちろん。同居人は大勢の方が楽しいでしょ。冬の間は何もする事がありませんし。ねぇ、キリギリスくん」
「そうですね。皆んなで楽しく歌って踊って過ごしましょう」
キリギリスがバイオリンを鳴らし、歌い始めた。
それに合わせてアリが歌うと、セミの幼虫も楽しそうに身体を揺らした。
三人は、歌って踊って、一冬を楽しく過ごした。

 
夏の日差しが強くなったある昼下がり。ついにその日はやってきた。
「それじゃあ、気をつけて」
「はい。長らくお世話になりました」
「元気でね」
「泣かないで下さいよ、キリギリスさん。私まで悲しくなっちゃうじゃないですか」
「はは。一週間経てば会えるんだから。ねぇ、セミさん」
「そうですね。一週間の辛抱です」
「わかってるけど……」
「泣き虫だなぁ。キリギリスくんは」
アリとセミの幼虫はキリギリスを見て笑った。
「あ、いよいよです」
「そうか。じゃ、頑張って」
「はい」
セミの幼虫は二人と握手すると、「行って来ます」と挨拶し、目の前の木によじ登った。
アリとキリギリスが見守る中、セミの幼虫はどんどん高くよじ登っていき、ある程度の高さになった所で動かなくなった。
「大丈夫かなぁ?」
「大丈夫さ」
しばらくその場で待っていたが全く動く気配がないので、二人は「頑張れ」と小さく声を掛け、家の中に入った。
あくる日の早朝、「ジジッ」という声で二人は目を覚ました。同時に寝床から飛び起きたアリとキリギリスは、我先にと外へと飛び出した。

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