小説

『粗忽AIロボ』永佑輔(『粗忽長屋』)

 

 

「くーまーがーいー! 熊谷! おい、熊谷!」

 怒鳴り声と玄関を叩く音がいよいよ無視できないほどになったので、熊谷は鬱陶しそうに玄関を開けた。

 親友で隣人の八田が血相を変えて立っている。

「熊谷が死んでたぞ!」

「んなわけねえだろ」

 と言いつつ、まさかと思って熊谷は部屋中を見回した。熊谷を模したAI搭載熊谷ロボットの姿はどこにも見当たらない。八田の言う通り、大枚をはたいて製造したAI熊谷は、どうやらぶっ壊れて道端におっ倒れてしまったようだ。

 しかし熊谷には引っかかる部分がある。

「AIロボはテメェでテメェの修理する。壊れるわけねえんだけどな」

「寝ぼけてんのか? 行くぞ」

「そんなに慌てんな」

 熊谷はあくびをしながらスニーカーを履いた。


 熊谷は八田の案内で、AI熊谷の倒れている現場にやって来た。すると野次馬がやいのやいのと人垣を作っている。

 熊谷は人垣をかき分けかき分け、ようやくまん真ん中に辿り着き、AI熊谷がおっ倒れている姿を認めた。AI熊谷の口元に手を当てる。スーハースーハー生ぬるい寝息がかかる。AI熊谷は故障していない。

「生きてる!」

 熊谷が喜んだのも束の間、八田が冷静に応じる。

「動かなきゃ死人同然だ」

「とりあえずAI工場に持って行く」

「バカ。何が工場だ」

「そっか、工場は休みか」

 ここひと月、AIの人権を求める団体主導でストライキが行われているために、AIロボ製造工場は軒並み稼働を停止しているのだ。

「おい、起きろ、起きろって」

 熊谷が揺すってみたものの、AI熊谷はイビキでもって絶対に起きないという主張をした。

 チリンチリン。自転車に乗ったAIお巡りさんが来て、迷惑だから連れて帰れだの、死体遺棄だの、何だのとぶっきらぼうに吐き捨てて、去って行った。

 遠のくAIお巡りさんの背中に野次馬たちが「人間モドキ」やら「不良品」やら「修理しろ」やら、罵詈雑言を飛ばす。AIお巡りさんと言えば笑顔の代名詞。にもかかわらず、ぶっきらぼうな姿を見せらつけられたのだから仕方がない。

 熊谷はAI熊谷を背負ってえっちらおっちら自宅マンションに戻った。さすが最新型とあって体重は熊谷と同じだ。常に熊谷に合わせて調整しているわけだ。

「みっちゃーん。AIの説明書どこだっけ?」

 熊谷が棚を漁りながら道子に訊いた。

 いつもは瞬時に問題を解決してくれる道子なのだが、どういうわけか今日はキビキビ動いてくれない。動いてくれないどころか、

「別れたい」

 道子は真顔で告げた。

「え? え? え? 何で?」

 熊谷はとりあえず狼狽してみた。

 狼狽が終わらないうちに、道子が隣家から八田を連れて来る。

「八田さんのことが好きになったの」

 道子はウットリと八田にしなだれかかった。

 熊谷に向かって八田が頭を下げる。

「熊谷、わりぃ。俺ら、付き合うことになった」

「何がすまんだ! 腹ん中では笑ってんだろ!」

 熊谷は特に何とも思っていなかったけれど、テンプレ通りに怒ってみせた。さらに続ける。

「みっちゃんは俺の大切なAI恋人だぞ!」

 そうなのだ、道子もAIなのだ。AI恋人の道子なのだ。

「AI恋人じゃない、普通の恋人! そうやってAIと人間を区別するトコが嫌なの!」

 これが道子の別れる理由らしい。

 熊谷が不思議そうに上から下、下から上へとAI道子を見る。

「今、嫌って言ったか? みっちゃん、感情があんのか?」

 AI道子が何か言おうとすると、八田が口を挟む。

「感情があるように見えるだけだ。そういう風にプログラミングされてんだよ」

「プログラミングじゃない! アタシには感情がある!」

 AI道子は感情を見せつけるようにプンスカして、そしてピタリと動きを止めた。

「あれ? 止まちまったぞ。おい、まさか……」

 八田はAI道子のうなじを見やった。

 AI道子のうなじには『バッテリー有効期限××年××月××日』と書かれている。

 八田もプンスカする。

「おいおい! とっくに過ぎてるじゃねえか、バッテリー有効期限!」

「AIみっちゃんはもう八田の持ちモンだ。おかげで廃棄処分代が浮いたよ」

 AI道子を押し付けることに成功した熊谷は、クックックと笑って一生分の伸びをした。

 そのとき、AI熊谷がボリボリと尻を掻く。

 熊谷は驚き、

「お前、壊れたんじゃねえのか?」

「壊れる? バカ言ってんじゃねえよ」

「だって動かなかったから……」

「みっちゃんはな、バッテリーが終わったわけじゃねえぞ」

「なら、どうして止まった?」

「説明すんの面倒くせえ」

「面倒くせえってお前、AIだろ……お前はどうして道端に倒れたんだ?」

 AI熊谷はあくびをして、質問に応えないまま寝た。


 ピンポンと呼び鈴が鳴る。

 やって来たのは道子だ。

「久しぶり」

 熊谷が言うが早いか、道子は、

「アタシ、クマを訴えるから」

「はあ?」

「勝手にAI道子を使ってるでしょ? 訴える」

「みっちゃんがAI道子を置いてったんだろ」

「だからってアタシ本人の許可なく使うのは犯罪」

 かつて道子は熊谷と同棲をしていたが、あまりにも熊谷がだらしないため別れたのだ。その際、道子が部屋に置きっぱなしにしたのがAI道子だ。

 熊谷は犯罪と知りながら、道子がいなくなった寂しさも相まってAI道子を廃棄せずに使い続けた。が、最近になってAI道子にまでだらしなさを指摘されるようになって、鬱陶しく感じ始めていた。その上、バッテリーも終わりそう。ってなわけでAI道子はお役御免。代役としてAI熊谷を製造したというわけだ。

「AIみっちゃんはたった今、俺の手から離れたんだ。持って帰れ」

 熊谷がAI道子の頭をポンポン叩いた。

「触らないで」

 AI道子は不機嫌そうに熊谷の手を振り払った。

「動いた! 動いた、動いた!」

 喜ぶ八田を尻目に、熊谷はAI道子の手の温もりを感じてハッとする。

 ハッとしている真っ最中の熊谷を道子が押し退けて、

「私、生理だからちょっと横になる」

 そう言うと、床でイビキをかいているAI熊谷をまたいでベッドに突っ伏した。

 熊谷のスマホが鳴る。『道子』からの着信だ。

 おかしい、生身の道子はベッドの上。AI道子はプンスカ中。スマホの向こうにいる道子はいったい誰なのだろう。熊谷はおそるおそる電話に出る。

「もしもし?」

「クマ?」

「みっちゃん?」

「そうだよ」

「じゃあ、いま来たみっちゃんは……」

「その道子はAIロボ。クマに会いたくないからAIロボに行かせたの」

 今さっきベッドに倒れ込んだ道子もAIだった。AI道子弐号機だった。

 熊谷は恥ずかしいのを我慢して、スマホの向こうに生理云々の説明をした。

「ロボットに生理が来るわけないじゃん! クマ、嘘ついてるでしょ!」

 道子の金切り声を聞いて、ああ別れてよかった、と熊谷は思った。

 プンスカ中のAI道子初号機が、ベッドに突っ伏しているAI道子弐号機にタオルケットをかける。

 熊谷はAI道子初号機に訊く。

「さっき、どうして急に止まったの?」

「え? 何?」

 スマホの向こうにいる生身の道子が聞き返した。

 熊谷は面倒くさそうにスマホを切って、質問を改める。

「具合でも悪い?」

「クマと別れることになったら急にここら辺が苦しくなって……」

 と言って、AI道子初号機は胸を触り、

「多分、ロスったんだと思う」

 熊谷は混乱する。

「そんな訳あるか! AIに感情はねえ。ロスらねえ。月のモノもねえ。グウタラすることもねえ」

 AI道子初号機はブンブンかぶりを振る。

「ううん、これはロスだよ」

「テメェから別れておいて勝手にロスんじゃねえよ!」

「仕方ないじゃん!」

「仕方なくねえ!」

「勝手にロスっちゃうんだもん。自分ではどうにもならないんだもん」

 涙が、AI道子初号機の頬を伝った。

 AI道子初号機の涙。初めてのことだった。熊谷はAI道子初号機に見とれた。

 AI熊谷がかったるそうに足でリモコンの電源ボタンを押して、テレビを点ける。

「防衛省AI自衛隊AI幕僚長によりますと、今日未明、AI技術がシンギュラリティを迎えた、とのことです」

 今まではAI技術がシンギュラリティを迎えると、加速度的に進化してAIがAIを生み出すと思われていたのだが結果はまったく違った。シンギュラリティを迎えたAIは、より人間に近づいて喜怒哀楽どころか疲れや眠気、空腹感や倦怠感、性愛やロス、妬み嫉み僻み、無意味な行動や言動といった、人間の業を覚えた。その証拠に、もう人間ではAIに太刀打ちできないと言われていた将棋で、人間がAIを打ち破ったのだ。

「中には自分を人間だと思い込んでいる個体もあり……」

 熊谷はテレビを消して、グウタラ寝転がっているAI熊谷を睨みつける。

「テメェを人間だと思ってんのか?」

 AI熊谷は何も言わずにムクリと起き上がって、おもむろにビールを飲み始める。AI熊谷は今までビールを飲んだことなどなかった。それどころか、食事、睡眠、あんなことやこんなこと、すべて必要としていなかった。必要としているのは充電だけだった。充電が必要なときでさえ、自ら充電していた。ところが今、熊谷の容姿を模したAI熊谷ロボットは目の前でビールを飲んでいる。人間のように。

「おい、俺にもビールを持って来い」

 熊谷がAI熊谷に命じた。

「げーっぷ」

AI熊谷はゲップで返事をしただけで冷蔵庫に行くことはなく、ゴクゴクと胃袋にビールを流し込んで寝転がった。

 その晩、熊谷はAI熊谷をAI道子初号機と間違えてしまう。

「みっちゃん。今までぞんざいに扱って悪かった」

「俺はみっちゃんじゃねえぞ。人違いすんな、バーカ」

 AI熊谷が嗤った。

「俺は人間だ。お前たちAIとは違う。いいか、人間は不完全であるからこそ……」

 人間は不完全であるからこそ素晴らしいのだと熊谷が垂訓している最中、AI熊谷はイビキをかき続けていた。


 翌日、熊谷はAI熊谷を起こして仕事に行かせようとする。

「おい、起きろ」

 イビキが返って来るだけだった。

「仕事が面倒だからお前を製造したのに」

 熊谷はぶつぶつ文句を言いながら家を出た。

 バス停に、昨日よりもげっそりとした八田が立っている。

「大丈夫か?」

 八田は熊谷の言葉を待ってましたとばかりに、

「どうにかしてくれよ、AI道子初号機さん」

「もう別れたんだ。俺にはどうにもできねえ」

「俺、いらねえよ、あんな物」

「あんな物?」

 AI道子初号機を物呼ばわりされて、熊谷はカチンと来た。

 八田は眠い目をこすりながら愚痴る。

「メソメソ泣くんだ。クマと別れたのがツラいって。うざってえ」

 熊谷は「そりゃ俺だってツラい。いなくなって初めてAIみっちゃんの大切さに気づいた」なんてことは口が裂けても言えない。親友に対してもAIに対してもペットに対しても、そんなこと打ち明けられる男はいない。そんなこと打ち明ける男は漫画か連続ドラマにしか出てこない。それすら最近は稀だ。 

 それにしてもバスが遅い。遅延しているのだろうと思ったそのとき、熊谷と八田のスマホに運行見合わせの一報が入る。AI搭載電気バスが、「ガソリンの方が美味しい、ガソリンが欲しい」と言い出して仕事をボイコットしたのだとか。

 熊谷と八田は歩いて駅まで向かうハメになった。

 途中、熊谷がパタリと足を止める。

「どうも分からなくなった」

「何が?」

「いま歩いているのは確かに俺だが、いま家で寝ている俺はいったい誰だろう?」

「不完全な方の熊谷だろ」

「今となってはどっちが不完全だか分からねえよ」

 そのとき、AI道子初号機が熊谷に向かって走って来る。

「クマ!」

「どうしたの?」

「やっぱりクマが好き!」

「みっちゃん! 俺もみっちゃんが好き!」

 熊谷はAI道子初号機と抱き合った。そして二人はそのまま固まって動かなくなった。

「バッテリーを交換してください」

 二つの電子音声が響いた。

 それを眺めていた八田も動きを止めた。

「バッテリーを交換してください」

(了)