「いつも来てくれるね。でも君、本に興味ないでしょ?」
ある日。急に店主に話しかけられた。声は思った以上に若い。
「あれ? 君。女のコかい?」
私は人と会話することが苦手だった。咄嗟に言葉が出てこない。何か話そうとすると思ってもない言葉が出てくる。オマケに、その思ってもない言葉すらつっかえたりろれつが回らず、上手く伝えられない。
「んー?」
店主は気にせず私の前まで歩いてきた。思ってた以上に背が高い。足が長い。そして私の前でかがみ込む。メガネ伊達じゃん! その奥にある目は小さく、歯は尖り、肌はガサガサだ。
「なんだい? 声が出せない子?」
店主は私の体と、それから顔をまじまじと、つまり私が店主にそうしたように見返してくると、バカ丸出しの感想をもらした。
「かわいいのに。勿体ないねえ」
気が付けば、私は路地へと飛び出していた。つまんない。つまんない。そんなことは誰だって言う。私だって正直ちょっと気づいてる。だけど。だからこそ、そんなことを店主にだけは言って欲しくなかった。
私の居場所はこの世界のどこにもなかったのだ。本当の本当に。
「おいカメっ、どこだ出てこいっ」
型遅れのスマホで居場所を確認する。私は早くカメに会いたかった。殴って蹴って体当たりして、この世界への憤りをぶつけたかった。
飽きもせず鴨川沿いに等間隔で並ぶ男女のカップル。脳みそのない置物みたいな彼らの姿を端から数えていくと、ちょうど橋の影となる薄暗がりでイジメられているカメの姿を見つけた。男子数人がカメのランドセルを奪い、投げて回して笑っている。見たことのない制服の男子たち。修学旅行で来た中学生といったところか。カメもずっとヘラヘラ笑っている為に、カップル達もそれが悪質な暴力そのものだとは判断しかねているようだった。脳みそがないから仕方ない。
「それは、俺のカメだっ」