小説

『竜神と機織り姫』わがねいこ(『草枕、竜王権現の滝、機織の滝、二本杉』(静岡県浜松市天竜区佐久間町))

二人が旅館に着くと、父親が待っていた。
「ちょっといいか?話がある。」
トオルは父親の後を付いて行った。
「今日、俺の職場にあんたの写真を持った男が来てさ。あんたのこと探してるみたいだった。やばいことやったんなら、誰にも見つからないように、すぐにここから出てってくれ。」
「今すぐ出て行きます。あの、宿代はいくらになりますか?」
「そんなもんいらないから、早くここから出てってくれ。俺は何も知らない。」
トオルはお辞儀をした。玄関に置いてある靴を掴み、部屋に残した荷物を鞄に詰め込むと、財布の中にあった紙幣を全てテーブルの上に置いた。部屋の窓から外に出て、そっと家の敷地から抜け出そうとすると、ガラッと窓ガラスが開き、温かい湯気が吹き出した。
「トオルさん、何してるの?」
ナミエの声がした。トオルは立ち止まったが、声がする方を決して見なかった。
「ごめん、俺に会ったことは全部忘れて下さい。」
「ねえ、どうしたの?何があったか教えて。」
「ごめん、とにかく全部忘れて。さようなら。」
トオルは山道の方へと走りだした。
「私のこと、綺麗だって言ったよね。そんなこと言われて、忘れられるわけないじゃない!」
ナミエが大きな声で叫んだが、トオルの姿はもう見えなくなっていた。

トオルはウィスキーの小瓶を開けた。無理矢理全て飲み込んだ後、フラフラと滝の方へと進んだ。
「やっぱりここじゃ出来ないか。」

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