小説

『熊野武蔵流、顧客の増やし方』メイン&フレイザー(『牛若丸』(京都))

 名刺には【メンタルパートナー兼キャリアコーディネーター 熊野武蔵】と書かれていた。
 スーツの男は、何かを少し訝しむ、もしくは何かに裏切られたように眉を顰めた。大男はやさしい笑みをうかべて、「いつでも連絡してくれ。ここで会った奴にはサービスしてる。おまえが出張が多いなら、ビデオ会議だって構わない」
「おれの愚痴聞くだけなら会議とは言いませんよ」
 そう言いながら、受け取った名刺を胸ポケットにしまった。
「大人の男の愚痴を聞けるのも、この国じゃあ限られた人間にしかできないもんさ」
「アドバイスも欲しいですけどね」
 ようやく、ふたりは笑い合った。「それじゃあ、帰ります」男は立ち上がって、両手でお尻についた砂埃を払った。「ああ、またな」
 手を軽く振って、スーツの男は歩き出した。五条大橋を見遣ると、大勢が橋を渡っていた。その光景に笑みをこぼし、カップルの背中をいくつか超えたところで立ち止まって、写真を撮ろうとポケットにあるはずの携帯電話を探した。「あ、やべ」後ろを振り返ると、まだ大男はこちらに顔を向けて座っていた。「ちょっと携帯! 返してください!」大男は済まなそうに立ち上がった。

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