小説

『飴買い』秋野蓮(『産女の幽霊』(長崎県長崎市))

 オギャー、オギャー、オギャー

 両手に重力を感じ、視線を落とす。
 私はいつの間にか私は赤ん坊を抱いていた。
 赤ん坊は火が付いたように泣いている。

 オギャー、オギャー、オギャー

(お腹がすいているのね……)
 私は本能的にそう感じた。乳腺が痛くなり胸が張ってくるのだがお乳は出そうもない。
(どうしよう、なんとかせねば。ああ、どこかにお乳の代わりになるものはないものか)
私はその赤ん坊をあやしながら外に出た。とっくに日は暮れている。
 とにかく店を探そうと、部屋の外に出て、足早に石段を降りた。草履の鼻緒が擦れて、足指の間が痛い。着物の裾が足首にまとわりついて、思うほどスピードが出ない。気持ちばかりが焦る。
(ああ、どこかにこの子の空腹を満たすものはないものか)
 辺りはもう薄暗い。
 川に架かる石橋のそばに、墨字で『飴屋』と書いた店があった。戸は閉まってはいるが、隙間からわずかな灯が見えている。
 私は左腕に赤ん坊の体重をあずけて抱きかかえ、右手で戸を叩いた。
ドンドンドン
「すみません。飴を、飴をいただきたいのです」

ガタン。

 大きな音がして、私はハッと我に返った。

「初めてご覧になりましたか?」
 紫の袈裟を着た住職が、襖を閉めながらにこやかに私の前に立っていた。開帳時間も終わりなのだと言う。

(飴を買わないと…。あれ? 赤ちゃんは?)

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