小説

『飴買い』秋野蓮(『産女の幽霊』(長崎県長崎市))

 私は今、どこにいるのだろうと、頭が混乱した。抱いていたはずの赤ん坊はいない。飴屋の看板も見当たらない。ここはあの和室である。
 私の様子を、急に声をかけられた者の戸惑いと思ったのだろう。住職は言葉を続けた。
「『産女(うぐめ)の幽霊』の話ばしましょうか? もう昔の話です。毎夜、毎夜、飴屋に飴を買いに来る女がおってですな、店の主人が後をつけると墓の前で消えたとですよ。翌朝、その墓を掘り起こすと、女が生まれたばかりの赤ん坊を抱っこしとったそうです」
 住職の話によれば、京都から宮大工の男を慕って長崎まで来た女がいたが、その男は長崎で結婚していた。女は悲しみのあまり死んでしまった。その女は身ごもっており、赤ん坊は男が引き取って育てたと、そんな昔ばなしがあるそうだ。掛け軸の女性はその幽霊なのだと言う。

「お話しまでしていただき、ありがとうございました」
 私は住職にお礼を述べて寺を後にした。鮮やかな夕陽に照らされた長崎の風景を観ながら家路を急ぐ。
 祖母が夕食にと、汗をかきながら肉じゃがやら家庭料理を何品も用意しておいてくれた。懐かしい味だ。
 ほっくり煮えたじゃがいもを箸でつつきながら、少し気持ちがほぐれたのかもしれない。私は祖母に問うた。
「ばあば、私のお母さんってどんな人やった?」

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