「たしかこのお店が彼女の店だね。そちらの印章をつくられるだいぶ前に作ったものだ。」
驚くべきことに、老人の頭の中では印章と依頼者の顔がすべて記憶されているようであった。祐介は老人に礼を言い、その場をあとにした。
教えられた店は再び電車に乗り、三十分ほど移動したローカル駅にほど近かった。陽はすでに最後のオレンジを西の境界にふりしぼっていた。
祐介はその洒落たブティックを反対車線から見つめ、しばし回想に浸っていた。それは数秒のことであったが、まるで時間旅行のようであった。
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祐介は吉井華を幾度か助けるうちに一時親密な仲になった。彼は正義感や同情ではなく、華という女性が置かれた環境の中で、どのような考えをもって過ごしているのか純粋に興味があった。その中で将来の夢についても語り合ったときがあった。
「私は小さくていいから、自分の好きなお洒落を表現できるお店を持ちたいの。だけど今は毎日同じ服なんだから、笑っちゃうよね。祐介くんは料理屋さん?んふふ、お店開いたら私お洒落して行くからね。」
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