小説

『約束』霜月透子(『雨月物語』巻之二「浅茅が宿」)

  宮木弟によると、小学校は廃校になり公園に作り替えられたが、少子化の影響でその公園を使う子どももいないという。
 宮木は元気かと訪ねると弟は言い淀んだ。やはり、という一言を勝野は飲み込んだ。
「半年ほど前までは姉自身が毎日この公園に足を運んでいたんです。いつか勝野さんが来るかもしれないからと言って」
「半年前まで、ですか」
「はい。それからは僕が。姉からは自分の代わりに行ってほしいと言われていたので。お会いできてよかったです。姉も喜ぶでしょう」
 遅かった。どうしてもっと早く来なかったのだろう。子どものころの約束なんて守られるはずがないと思っていた。いや、違う。忘れていたんだ。ただ、忘れていた。宮木さんは待っていてくれたのに。
 やはりこれは『浅茅が宿』だ。
 あの物語ではどうだったか。近所の老人から妻の最期を聞き、塚を訪れて嘆き悲しみつつ念仏を唱えるのだ。それに倣って仏壇に線香をあげたいと思った。
 すでに日はとっぷりと暮れている。
「あの、こんな時間でご迷惑かとは思うのですが、よろしければお宅に伺ってお姉さまにご挨拶させていただけませんか?」
 断られても仕方がないと覚悟しての申し出に、宮木弟は快諾してくれた。
 宮木家を訪れるのは初めてだった。宮木とは校内、それもほとんど図書館でしか会っていない。
「どうぞこちらです」
 案内された仏間は線香の香りが漂っていた。煙のせいか、後悔のせいか、悲しみのせいか、あるいはそのすべてのせいで鼻の奥がツンと痛み、目が熱を持った。いまにも涙があふれそうになったその時。
「わあ、久しぶり!」
 乳児を抱いた女性が現れた。
 母親のはしゃいだ声に驚いた子どもが声の限りに泣き出した。奥から年輩の女性がやってきて代わりに子どもを抱く。
「せっかく寝たところなのに、母親が起こしてどうするの。この子は私が見てるから」
 そして、勝野に向かって「どうぞごゆっくり」と声をかけて出て行った。
 声もなく立ちすくむ勝野の手をとり、目の前の女性は嬉しそうに声を弾ませる。
「約束を覚えていてくれてありがとう。いつかは会えるかと思って、散歩がてら毎日小学校跡に行ってたんだけどさ、子どもが生まれてからはなかなかね。目が離せない上に、抱っこしているから腰や手首を痛めちゃって大変よ。それで代わりに弟に行ってもらったんだけど、会えたみたいでよかった」
 そういって、泣きぼくろのある切れ長の目が微笑んだ。

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