小説

『約束』霜月透子(『雨月物語』巻之二「浅茅が宿」)

 かつて勝野が小学生だったころとは違って、いまは関係者以外立ち入り禁止なのかもしれないとも思ったが、特にそういった看板も張り紙もないのを理由に校内に足を踏み入れた。たとえ立ち入り禁止だったとしても、いきなり警察を呼ぶようなことはされないだろう。
 小学校は不思議なほど変わっていない。思い出のままの姿だ。
「たしかこの辺……」
 校庭の隅を靴の爪先で掘り返すが、埒があかない。なにか使える物はないかと辺りを見回して、花壇に突き刺さっている園芸用こてに目を留めた。
 子どもの手でこんなに深く埋めただろうか、場所が違うのではないか、と不安になったころ、園芸用こての先ががさりと鳴った。
 すっかり土色に染まり、ぱりぱりに変質したビニール袋だった。何重にも包んでいたおかげで、ノートは少し湿ってはいるが無事だった。
 土だらけの手で汚さないように、ノートを小脇に挟み、水道を探した。たしか昇降口を入ったところにあったはず。
 ひと気のない校舎に入り、手を洗う。水音が廊下に響くが人の来る気配はない。気が大きくなった勝野は、図書館へと向かった。
「わあ。椅子、ちっちゃーい」
 閲覧用の席でノートを開く。濡れたものが乾いた跡なのだろう。ページの角がくっついているのを丁寧にはがしていく。
「……来てくれたんだ?」
 声に振り向くと、泣きぼくろのある切れ長の目が笑っていた。
「宮木……さん?」
 宮木は微笑みを浮かべたまま頷いた。
「お久しぶりね、勝野さん」
 いるはずがないと思っていたのに。
 まさか会えるなんて。
 よく覚えていたね。
 だって約束したじゃない。
 けどいつ会うのかは決めてなかったのに。
 図書館に誰もいないのをいいことに二人の会話は弾む。
 並んでノートを眺めているうちに勝野は眠りに落ちてしまった。

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