ある日の国語の時間、銀河鉄道の夜について学んでいた私たちに、先生はワークシートを配った。ワークシートには「みなさんにとっての幸いとは何かを書いてみましょう」と書かれている。私は真っ先に、星を見る時間、ワークシートに記述した。逆に言うと、その時間以外私にとっての幸いが存在しない事実に少々呆れてしまったが。書き終えてから数分後、終了のチャイムが鳴り、荷物をまとめ私は帰路についた。そういえば、今朝見たニュースによると今夜は星が綺麗に見えるらしい。
平日午後６時ごろ。都会ならおそらく満員ラッシュだろうに、幸が不幸か田舎の電車は空いている。
「今日は星がよく見えるんだって」
私がぽつりと呟くと、隣にカムパネルラが現れた。
「天気予報で言ってたの。…カムパネルラは星が見える時だけ現れるでしょ」
私の言葉にカムパネルラは悪戯がバレたような顔をした。その表情に笑みが漏れる
それから彼は黙りこくったまま、穏やかな目で私を見つめた。彼とおよそ10年間一緒にいるけれど、私よりうんと高い背丈も、一点の曇りもない輝く瞳も変わらないままだった。ちなみに、私は彼の肉声を未だに聞いたことがない。
それでも私にとって彼の隣がどこよりも安心できる居場所だった。
「今日は授業で銀河鉄道の夜を久々に読んだんだけれど」
人気のない車内で、私はぽつりと話し始める。
「あなたの存在はわたしにとって、ジョバンニにから見たカムパネルラみたいだなって思ってる。あなたは私のことを馬鹿にしたりしないし、こうして二人で電車に乗ってくれるでしょ」
彼は瞬きをした。おそらく、肯定の意を表現してくれているのだろう。
「だからあなたのことをカムパネルラって呼んでるんだ。小さい時は本の内容なんてよくわからなかったけど、今ではなんとなく、分かる。やっぱりあなたは似てるよ。怒られるから紙には書けないけれど、おそらくあなたといる瞬間が、私にとっての幸いなんだと思う」
私が彼に告げた瞬間、最寄駅に到着した旨を伝えるアナウンスが鳴り響き、慌てて降車する。ふと足を止め振り向くと、カムパネルラが居なかった。しばらく彼の名前を呼びながら周囲を歩くも、彼は二度と姿を現すことは無かった。
ぼんやりと疲れた頭でふと空を見上げると、今までに見たことないほどの美しい星空が広がっていた。
「……先輩、先輩！大丈夫ですか？」
あたりを見渡すと、そこは昔住んでいた土地の最寄り駅ではなく、今現在勤めている会社の中だった。残業中に、どうやら寝入ってしまったようで、後輩の声で私は目を覚ましたのだった。体中が凝っていて、肩を大きく回すとバキバキという音が鳴り、戦慄した。
口の中もカラカラで、不快感に顔を歪ませると後輩がコーヒーを差し出してくれた。有り難く口に含むと、眠気がじわりと溶けていく。
あの日から今に至るまで、カムパネルラとは会えていない。星が綺麗な夜に何度心の中で願おうとも彼の姿を見ることはできないまま、私は高校生になり、特にやりたいこともなかったので卒業後は就職をした。就職先である印刷会社の仕事は大変だったが、どこにも居場所のなかった高校までと比べると、仕事をこなすことによって認めてもらえるこの場所は居心地が良かった。
「ありがとう、手間かけさせちゃって。……ちょっと、外の空気を吸ってくるね」
「はい、寒いので、お風邪には気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう。あなたももうそろそろ帰るのよ」
