小説

『カムパネルラ』ろ~~くん(『銀河鉄道の夜』)

 これが父親とうまれて初めてまともに交わした会話だったことに、その時気づき、なんだか切なくなった。その日の夜も、星空が綺麗だったことをよく覚えている。一人窓から見える星空を眺めているといつも通り彼は現れ、部屋の隅に布団を敷き横になっている私の手を握ってくれた。彼の手はあたたかくも、冷たくもなかったけれど、何よりも安心できた。カムパネルラは私の額に口付けすると、彼は私の布団の横に座り、眠るまでずっと手を握っていてくれた。もっとも目が覚めた時には、もう彼は姿を消していたのだけれど。
 それからしばらくして、父親が急に、近いうちに引っ越しをするから荷物をまとめておきなさいと言い、再び姿を消した。その日の夜は雨が降っていて、案の定カムパネルラは現れなかった。
 それから数日後には父親に連れられるまま新しい家に引っ越した。引越し先は割と近場で、間違っても都会に引っ越さずに済んだことに安堵したことを覚えている。都会は星が見えにくいということを、テレビで聞いたからだった。新居の扉を開けると見知らぬ女性がソファに座り、大きなお腹を撫でていた。父親にはすでに恋人と呼べる存在がいて、その女性には父親との子どもがいた。女性の姿と、今まで見たことがないほど穏やかに笑う父親を見た時、母親が今まで私にぶつけた怒りの原因がなんだわかった気がした。新しい母親となった彼女は私を好きでも、嫌いでもないようで、興味を持つことも、母親のように虐め抜くこともなかった。それは父親も同じことで、父親とその人との子どもが産まれてからも状況は何一つとして変わらなかった。
そんな状況下でもカムパネルラは星が綺麗な夜に表れてくれた。
私を取り巻く環境に私以上に悲しそうな顔をしたり、私が最近読んだ本の感想を聞いてくれたりした。夜、彼と過ごす僅かな時間が、私の心を幸福なものにしてくれた。
 中学に上がってから私はバスと電車を用いて遠方の学校に通うようになった。私の家からは1番近いとされる中学でさえ、自転車では行ける距離ではなかった。不便ではあったし、朝早く家を出なければならないことには困ったが、帰り道に満天の星空を眺められることだけは最高だった。
なお、中学には別段友人と呼べる存在も居らず、時折遠くから、「あの子って暗いよね」「話せないんじゃない?」とかクスクスと笑う声が聞こえてくるも、その声にさえ特別感情が動かされることはなかった。私の感情が動く瞬間は、いつだってカムパネルラといる時だけだった。
 星の見える帰り道はいつも、カムパネルラと会話をしながら帰った。授業で興味深く感じた内容をカムパネルラに話したり、今週末はひとりで映画を見に行く、などと言ったとりとめのない話に、カムパネルラは耳を傾けてくれた。カムパネルラの方から何かを自主的に話すことは、一度たりともなかったけれど、却ってそれが心地よかった。

「…『「けれども、ほんとうのさいわいは一体なんだろう。 」ジョバンニが云いました。「僕わからない。 」カムパネルラがぼんやり云いました』はい、ここまでで段落が終わります。それでは皆さん、今からワークシートを配りますから、残り時間はそれを埋めてください」

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