その夜、知美はいつになく落ち着きがなく、ソワソワしていた。
「どうした、なんかあった?」
僕はちょっと訝りながら、知美の前に座った。
「これって恩返しだと思うんだ」
「え? なんのこと?」
「昼間、病院に行ってきたの」
「大丈夫か? どこか悪いのか?」
「そうじゃなくて……二ヶ月だって」
知美は照れくさそうに笑い、お腹をさすった。
「ま……マジで?」
「うん、マジで」
僕たちは手を取り合って喜んだ。
「やっぱり鶴の恩返しじゃない?」と、知美。
「どっちかっていうと、コウノトリの仕事だと思うけど」
「あれ。コウノトリとツルって違うんだっけ?」
「全然違うだろ」
僕は笑いながら、部屋の窓を開けた。走り去る鶴のマークのトラックが見えて、僕は息を呑んだ。まさかと思って目を凝らしたが、トラックはすでに濃紺の闇に紛れて見えなくなっていた。
「健二、どうしたの?」
「なんでもない」
鶴でも、コウノトリでも、どっちだっていい。
恩返しがなくたって、僕たちは今それなりに幸せに暮らしている。