小説

『橋のエピソード』川瀬えいみ(『雑炊橋』(長野県))

 その際、健は、妹が頼りにしているという看護師長と知り合ったのである。
 四十歳は過ぎているだろう。いかにも働き者らしい、きびきびした所作の女性だった。看護大学卒業後ずっと仕事一筋。細かなところにまで気が回り、特に情緒不安定になりがちな婦人科の患者たちに評判がいいらしい。
 康子から雑炊橋の話を聞かされると、看護師長は穏やかに微笑んで告げた。
「尋常でない情熱を傾けて、二人は、二人の夢と恋を叶えたんでしょう? その橋は、二人を幸せにした。その上、二人が架けた橋は、地域の人たちの暮らしにも役立って、後世の人たちにも感謝され続けた。人として最高の生き方ですね」

 彼女のその言葉を聞いた時、健は気付いたのである。
 恋物語より、断崖に架かる橋の姿に感動したのだと思っていたのに。
 だから、自分は、人と人を繋ぐ物を建造する仕事に従事することを望んだのだと思っていたのに。
 母より妹より、雑炊橋を架けた二人の恋のエピソードに心を揺さぶられたのは、実は高校生になったばかりの自分の方だったのだということに、二十年もの年月が過ぎた今になって初めて、健は気付いたのだった。
 同じものを素晴らしいと感じてくれる人。
 同じものを価値あるものと考える人。
 同じ方向を見詰めて、同じ道を、共に歩むことのできる人。
 そんな人と巡り合うことのできた二人を羨ましいと思った。
 そんな人と共にする人生に、高校生になったばかりだった自分は憧れたのだと。

 一年後、健は彼女にプロポーズした。
 『女にも男にも適齢期ってものがあるのよ!』と、あれほど苛烈に主張していた健の妹は、三十六歳の男と四十二歳の女の結びつきを、
「いいと思う」
と言って、祝福してくれた。

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