台所の隅で固まっている両親をよそに、チヨは甲斐甲斐しく働いていた。暖房を入れてやったり、紙コップに入れた水を鬼たちに運んでやったりしたのだ。
「おうおう悪いねぇ」
鬼たちは喜び、優しいチヨを褒め称えた。
「こんな小さいのによく出来た子だ」
「しかし水ってのもそっけないなぁ」
「そうだ、町内会に寄付された酒をここに持って来ればイイ」
「そうだ! 宴会だ!」
リビングにこだまする歓喜の声。鬼のうちの何人かが携帯電話で仲間に連絡を取る。すると、ものの五分も経たないうちに酒や寿司を持った鬼たちがやって来て、あっという間に宴会が始まってしまった。
「ちょいと台所のお父さん、栓抜きはあるかい?」
鬼に呼ばれたパパが怯えながら栓抜きを持っていく。
「どうですかな、お父さんもご一緒に?」
この魔の一言がきっかけとなって、パパも鬼たちと一緒にちゃぶ台を囲むことになった。ビール瓶の栓を開ける豪快な音に、グラスにビールが注がれる音。鬼たちの抑えていた笑い声が次第に大きくなってゆく。ママはそんな彼らに対抗しようと、わざとガチャガチャと大きな音を立てながら台所で洗い物を始めた。
「いけね!」
ふと洗面所の方から声がした。気になったチヨが向かうと、洗面所には鬼がいて足元がびちょびちょだった。
「ごめんよぉ、オイラこぼしちゃった」
どうやら鬼は洗面所に飾ってあった蝋梅(ろうばい)の花をひっくり返してしまったようだ。幸い飾ってあったのがペットボトルを切って花瓶のように見立てた物だったので、割れ物は無く水が零れる程度の被害で済んだ。
チヨがすぐにタオルを用意して床を拭いてやる。文句一つ言わない。それどころか足元が濡れてしまった鬼を気遣いさえした。
するとその場にいた鬼は突然、目頭を押さえて泣き始めた。
「オイラ……こんなに優しくされたのは……久しぶりで……」
恰幅の良い鬼がしくしく泣く。
「オニさんだいじょうぶ?」
チヨがよしよしと鬼を慰めていると、鬼は不意に懐で温めていた封筒を取り出し、チヨに差し出した。