小説

『鬼さんこちら』太田純平(『福は外、鬼は内』(山形県))

「チヨ、なにやってんだ?」
「だってオニさんかわいそうだよぉ。なかにいれてあげようよぉ」
「いや、しかしな、チヨ……」
 とパパが困惑していると、後ろから来たママがパパの足を踏んで早く追い返せとプレッシャーを掛ける。しかしそこは六歳児の力。チヨは両親から醸し出される空気を完全に無視して、グイグイと鬼を玄関の中へ引っ張っていった。
「す、すみません……失礼します」
 本気で逃げ場所を探していた鬼も鬼で遠慮なく玄関の中へ入って行った。
「この鬼のタイツ、正直、寒いんですよ……」
「い、いやあのぉ、ウチも正直、寒いですし……」
 パパが何とか鬼を食い止めようとする中、チヨが鬼の手を引っ張ってリビングへ案内してやった。ママはうんざりしたような態度で台所へ戻る。
 パパが肩を落として玄関の扉を閉めようとすると、「あのぉ、すみませーん」と再び鬼が現れた。今度は二人。
「あのぉ、こちらのお宅ですよねぇ? 『鬼は内、福は外』って……」
 パパが呆気に取られていると、鬼が次々と玄関にやって来た。
「いやぁ助かりましたよぉ。みんな自分の家に福を呼びたいからって、誰も手加減してくれないんですもん」
「豆っていったって固形物ですからねぇ。当たれば痛いんですよ」
「そうそう。しかも一粒じゃないですからね。固まりになって飛んできますから」
「全く私なんかヨロけて電柱にぶつかりましたよ」
「分かります分かります。仮面のせいで前がよく見えないんですよねぇ」
 鬼たちが玄関で立ち話しを始める。その隙にパパは台所へ行ってママに助けを求めた。
「ど、どうしよう?」
「はぁ? 早く追い返してよ」
「いや、でも――」
「でもじゃないでしょう? はっきり言って迷惑よ」
「で、でも、鬼とはいえ、ご町内の方々だよ?」
「だからなに?」
「むげに追い返したら、噂が立つじゃないか」
「だからってこんな狭い家に何人も置いておけ――」
 と言い掛けたママが口をあんぐり開けた。
「失礼します!」
「お邪魔します!」
 と言ってぞろぞろと鬼たちがリビングに入って来た。玄関をカラにしたのがまずかったのだ。
「ちょちょちょあなた、早く玄関閉めて来て!」
「あ、あぁ、分かった」
 パパが慌てて玄関に向かう。ところが。鬼の一人が玄関扉を支えるように立っていて、続々と到着する鬼に手招きして案内していた。
「ここだよここ! 俺たちのオアシス!」
 パパは入って来る鬼に押し潰されそうになりながら、這う這うの体で台所に戻って来た。
「マ、ママ。ど、どうしよう?」
「……」

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