小説

『羽衣とあけび』折本識(『羽衣伝説』(山陰地方))

 目についた棒切れを手にして、弥兵衛は達吉を打ち据えました。何度も、何度も夢中になって達吉を叩きました。
「アッ。」
達吉はそう叫んだっきり、僅かに手足を震わせるだけになってしまいました。
 弥兵衛はハッとして、持っていた棒切れを取り落としました。カランという音が、人気の無いこの場に響き渡ります。それがやけに大きく聞こえて、弥兵衛は怯えて大きく身を震わせました。
(どうしよう、これが村のもんに知れたら。天女さまに知れたら、おれはどうなる。ああ、ああ、どうすればいい。)
 弥兵衛はどうしよう、どうしようとばかり呟いてそこから逃げ出してしまいました。瀕死の達吉をその場に残して、弥兵衛は家まで逃げ帰りました。
 さて、残された達吉は、それでも何とか生きておりました。
(おのれ、おのれ、弥兵衛め。おれを殺して、天女さまを奪おうってんだろう。させん、させんぞ。)
這う這うの体で達吉が向かったのは、天女の羽衣を隠した藪の中です。達吉は中々動かない手で藪を掻き分けて、どうにかこうにか羽衣を見つけ、滑らかな羽衣をしかと抱えました。そして、気力が尽きてそのまま動かなくなってしまいました。
 次の朝、弥兵衛は慌てて達吉を探します。てっきり死んでしまったと思っていた達吉が、あの場から居なくなっていたからです。達吉に告げ口をされることを恐れて、弥兵衛は息を切らして達吉を探しました。
達吉の這った跡を追って、弥兵衛は藪を掻き分けます。その先で目にした光景に、弥兵衛はアッと驚いて腰を抜かしました。

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