小説

『さまよえる月光』滝村透(『竹取物語』)

「マサト君、何だか不思議な人。私のこと、ずっと前から知ってるみたいに話すのね」
「そうかな」
 僕は声が震えないように、動揺を彼女に悟られないように努めていた。
「あのさ、君は何歳なの?」
「わからない。私、老夫婦に育てられたんだけど、三か月で成人の姿にまで育ったらしいの。嘘みたいでしょう?」
「それは凄いね。君が月の世界の住人だからなのかな?」
「それもわからない。でもとにかく、私は月に帰らないといけないの。それが私の宿命」
 そうか。それはそうだ。そんなこと、わかりきったことだ。今更変わることでもない。
 僕は何かを止めたくて、懸命に言葉を探した。
「大変だね……何か食べる?」
 しかし、答えがなかった。夜の帳に流れる沈黙は、他のどの沈黙よりも重く長くて、どこまででも続いていきそうだった。何かが終わるような、始まるような気がした。
 街灯の光しかない中、僕は恐る恐る彼女を見た。
 泣いていた。
 どうすればいいのかわからなかった。本当は、今すぐ彼女の肩を抱き寄せて、その頭をそっと撫でてあげたかった。だが、そんなことは到底できるはずがなかった。月を見て涙を流す彼女の姿はあまりに悲痛で、僕はそのとき彼女にかけるべきだった言葉を失ってしまった。
「……ごめんね。ごめんなさい。私ね、嘘ついてた。マサト君に。本当はね、今夜、月に帰るの。月世界の使者が来てしまうの。私、それが嫌なの。だから泣いてるの」
 知っている。そんなことすべて知っている。僕は彼女の苦しみも哀しみも、千年前に紡がれた物語を通してすべて知っている。だから、彼女を支えられるはずだった。
「大丈夫だよ」
 だけど、それしか出てこなかった。弱々しく、無責任な言葉だった。僕は気が利かない自分を嘆いた。
「……ごめんなさい。月を見ると、どうしても涙が出るの。そうせずにはいられないの。びっくりしたでしょう?」
「いや、大丈夫だよ。全然」
 彼女を受け入れ、気持ちに寄り添うことこそが、僕に残された仕事だと思った。僕はただ、彼女の幸せを願った。
 暗がりの中から見上げた月は、まるで今にも彼女に襲いかかるように思えるほど、異様に迫力があった。静寂に包まれた夜の闇に、欠けることなくその美しい姿を煌めかせていた。

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