何年か前のことです。長者は流行り病にかかって幾日も高熱を出して寝込んだことがありました。誰もが病にかかることを恐れ、長者の看病に尻込みしたのです。ただ二番目の娘だけは熱で苦しむ父親を見捨てることができず傍らで看病をし続けました。悲しいことに長者の病がようやく回復に向かった頃に二番目の娘は同じ病でたおれてしまいました。まだまだ体力の戻らない長者に心配を掛けたくなくて娘はひっそりと館の奥の部屋にこもりました。やがて回復した長者は、枕元で喜ぶ妻、そしてそのそばにいる一番目と三番目の娘を見て言いました。
「おまえたちが看病してくれたのか?」
まさか病がうつることを怖がって長者のそばに近づかなかったなどと本当のことが言えるわけもなく、三人はただ顔を見合わせて頷いたのでした。
幸い二番目の娘の病は早く治りましたが、その代り顔には醜い痣が残ってしまったのです。優しい娘は長者のせいでそのような姿になったことを隠すために美しい黒髪と扇で顔を隠し、気位の高いふりをして滅多なことでは人に会うこともなくなっていきました。そして長者は病の父親を避けたことを恥じて二番目の娘が顔を合わせようとしないのだろうと思っていたのです。
反物屋の息子が婿になって一年が過ぎました。この男はもともと何年も前から長者の館に暮らしていたので二番目の娘がとても美しいことも、ひとりで長者を看病していたことも知っていました。けれど、娘が巧みに隠しておりましたので病気のせいで痣が残ってしまったことには気づいておりませんでした。三番目の娘も可愛らしかったのですが、優しい二番目の娘のこともずっと気になっていたのです。もちろん娘が館の奥で暮らしているときには近づくことなど諦めておりました。けれど、いまは同じ敷地内の離れで、出入りする使用人も少なく静かに暮しているのです。妻を見る度に二番目の娘の美しさを思い出し、つい比べてしまうのでした。いつもそばにいるひとより、ほとんど会うことのできないひとに惹かれることはよくあることなのかもしれません。
ある月夜のことです。三番目の娘の婿が長者の使いで隣の村から帰ってくる途中、沼のそばを通りました。もうすっかり暗くなっているというのに、沼のほとりの木の陰から女人のすすり泣く声がします。まさか妖ではあるまいかと思いながら、おそるおそる覗いてみると、二番目の娘の美しい黒髪が見えました。泣いているものですから顔の大半は着物の袖で隠れてしまっておりましたけれども、何やら甘いにおいと、隠しきれていない白い肌が男の心を捕らえてしまったのです。やがて離れに戻っていく娘の後を追うように、男の姿は沼のそばから消えていきました。