幸子は薫にほほえむと「よし」と小さい声で言ってから、一字一字を刻むように婚姻届の証人欄を記入した。氏名、生年月日、住所、本籍がやや丸みを帯びた字で埋まっていき、名前の右横に判が押された。
婚姻届の全てが埋まると、幸子は全身に入っていた力を抜くように大きく息を吐いた。ペンは机の上に置かれていたが、その目は真剣なまま証人欄に向いていた。内容を一通り確認し終えた幸子は「よろしくお願いします」と婚姻届を薫に差し出した。
薫は表彰状を受け取る時のように「ありがとうございます」と恭しく頭を下げながら婚姻届を受け取った。直樹の言うように確かにタイプは違うが、幸子とは意外とうまくやっていけるような気がしはじめていた。
幸子が淹れなおした日本茶を薫が飲んでいると、直樹が戻ってきた。
「けっこうな重労働だったよ。薫にも来てもらえばよかった」
肩をぐるぐる回しながら話す直樹がこぼす。
「ダメよ、薫さんにそんなの手伝わせちゃ。嫁入り前に怪我でもしたら大変じゃない」
「あ、婚姻届は？ 書いてくれた？」
幸子の嫁入りという言葉にハッとして直樹が尋ねると、幸子は笑顔で答えた。
「ちゃんと書きました。直樹はやさしい子を見つけたわね」
「ちゃんと」を強調したのがおかしくて薫は笑いながら手元の婚姻届を広げてみせた。
険しい表情で証人欄の生年月日を確認する直樹に、薫は後で「直樹はやさしいお母さんの元に生まれたね」と言おうと思った。
