久しぶりの親子二人の会話に割り込むのは少しだけ躊躇われたが、薫は聞かずにはいられなかった。さりげなく「お母さん」と呼んでみることも忘れなかった。
「刺繍を始めてみたら止まらなくてね……せっかく作ったから出品してみることにしたの」
幸子は照れくさそうに笑った。お母さんと呼ばれたことについて特に何とも思っていない様子に薫はほっとした。
「へぇ! すごいですね」
「そんな、そんな。もうね、すっごく上手な人がたくさんいるのよ」
幸子はおおげさに謙遜すると、フリマアプリの画面を薫に見せた。くるみボタンに刺繍を施した髪ゴムやブローチ、イヤリングなど様々な刺繍作品が出品されていた。
「薫さんは、刺繍とかはやらない?」
幸子が直樹とそっくりの黒目勝ちな目を薫に向けた。純粋な興味から出た言葉なのだろうが、薫にはどこか試されているように感じられた。
「いやー……手芸は家庭科の授業でやったきりですねぇ」
「そっかぁ。薫さんは何か、趣味はあるのかしら?」
薫は笑ってお茶を濁そうとしたが、幸子は期待するようにたたみかけてきた。
「お休みの日は? どんなことして過ごしているの?」
「そうですね……仕事関係の読書とか、時間がある時は公園を走ったりもしますけど、最近はさっぱりですね」
薫は正直に答えた。実際にライターの仕事を中心として生活が回っているため、家には寝に帰るだけの場所になっているし、仕事がない日は一日ベッドでゴロゴロしながら動画を見ているようなことが多かった。
「薫は仕事が忙しいから手芸とかやんないよ」
出発前に買った手土産のクリーム大福をその場で開封しながら直樹がぴしゃりと言った。直樹が助け舟を出してくれたことに薫はほっとしたが、言い方がいささか冷たいような気もした。
「そうなのねぇ……」
幸子は少し残念そうに枝豆のイラストがあしらわれた黄緑色の包装紙の皺を手で伸ばしていた。