小説

『女神』望月滋斗(『死神(落語)』)

 
「くれぐれも、天使に向かって手荒なことをするのは許されませんからね。そんなことをしたら、あなたのロウソクの火を吹き消しちゃいますから」
 女神が不敵な笑みを浮かべウインクをすると、男はふっと我に返った。
 気づけば辺りはすっかりと日が沈んでいて、月明かりに照らされた海からは波の音がしきりに鳴り渡っていた。
 そのとき、男は肩の違和感に右を向いた──。
 どうやら、先ほどの光景は幻想ではなかったらしい。その証左として、男の肩の上では女神から預かった天使が夜空に浮かぶ月を見上げていた。

 翌日、男は街に繰り出してある女に向かって天使を送り飛ばした。
 すうっと一直線に女の元へ飛んでいった天使は、肩に腰かけて男に向かって微笑んだ。しかし、男はなぜか残念そうな顔をして女に声をかけには行かなかった。
 それからも、男は様々な女の元へ天使を送り飛ばした。天使はそのたびに女の肩に腰かけて微笑んだのだが、男はいつまで経っても誰かに声をかけることはしなかった。
 と、そのとき、飛んでいった天使がある女の足にしがみついた。
 男はそれを確認すると、嬉々とした表情でその女の元へ駆け寄り声をかけた。
「あの、もしよければこれから一緒にお茶でもしません?」
「ごめんなさい、急いでて」
「十分だけでも」
「ごめんなさい、ほんとに時間がないので」
「そうですか、じゃあ五分だけでも」
「いやあ……」
「だったら一分だけ」
「しつこい!」
 女はその場から逃げるように走り去ってしまった。
 立ち尽くす男の元に、女神が現れた。天使はその再会に歓喜して女神の肩に飛び乗ると、満面の笑みを浮かべて女神に頬ずりをした。
「あなた、一体何をしているんです? 言いましたでしょう。天使が肩に乗れば脈アリ、足にしがみついたら脈ナシだって。天使が肩に乗った女性はたくさんいたはずなのに、わざわざ足にしがみついた女性に声をかけに行くなんてどうかしています」

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