小説

『しあわせなお地蔵様』川瀬えいみ(『笠地蔵(日本各地)』)

 幸せな時は、あっというまに過ぎていきます。
 小さかった女の子は気立てのいい娘になり、優しい青年に出会い、ある年の秋、遠い町に嫁いで行ってしまいました。
 娘がいなくなってしまった家のお父さんとお母さんは、青年とお嫁さんには戻らず、今ではすっかりおじいさんとおばあさん。
 身体も随分弱くなり、若い頃のように毎日、日の出から日暮れまで田畑を耕すことはできなくなってしまいました。
 何十年もの間、一日も欠かしたことのなかったお地蔵さんたちへのお参りも、徐々に途絶えがちになってしまったのです。


 この数十年の間に、小さな村の住人たちは、一昨年は西の山の麓の家、去年は川上の左岸の家といった具合いに、雪深い村を捨てて、他の町へ移っていってしまいました。
 おじいさんとおばあさんが歩くことができなくなってしまったら、自分たちの許にお参りに来てくれる人間は誰もいなくなるだろうことに、お地蔵さんたちは気付いていました。
 そう遠くない未来に、自分たちを頼り救いを求めてくれる人間は一人もいなくなる。そうなることが、お地蔵さんたちにはわかっていたのです。
 地蔵の務めは、すべての人間を見守り、救うことなのに。


 その年の暮れ。
 おじいさんとおばあさんの家には、お正月用の餅すらありませんでした。
 遠くの町にお嫁にいった娘に、持たせてやれるものはすべて、少しばかりの蓄えも全部、持たせてやったので、おじいさんとおばあさんは自分たちが冬を越す準備を十分にできなかったのです。
 そこで、おじいさんは、菅で笠を編んで、町に売りにいくことにしました。笠を売ったお金で、正月用の餅を買ってこようと思ったのです。
 けれど、残念なことに、おじいさんの編んだ笠は町では一つも売れませんでした。

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