小説

『昼下がりの空き部屋から』斉藤高谷(『春の野路から(岩手県)』)

 わたしが思っていたことを、わたしではない誰かが言った。
「続き。残念だけど、あの漫画はあれで最後」
 わたしは声のした方を見た。暗くなりかけた窓の前に人影があった。女子生徒のようだった。必死になっているところを見られた恥ずかしさはすぐに、彼女がどうやって入ってきたのかという疑問に塗りつぶされた。誰かが入ってきた物音も気配も全くなかった。
 彼女の着ている制服は、うちの学校のものとは違っていた。かといって全く見知らぬものでもなく、どこか見覚えがあった。いや、制服だけではない。髪型から顔、足の先まで見た時の印象が、初対面の相手に抱くそれとは違った。わたしは彼女を知っている気がする――
 あ、とこちらが思うのと同時に、彼女が言った。
「大丈夫、キミの思ってる通りだから」
 キミ。さっきまで読んでいた漫画の主人公も、人を指してそう呼んでいた。
「わたしは卯月。キミが続きを探している漫画の主人公」
 どういう角度から捉えてもどうかしている言葉だ。けれど、真っ直ぐ見つめたまま名乗られると妙な説得力があった。
「漫画、全部読んでくれてありがとう」
「どういたしまして……」
「楽しかった?」
「それなりには……」
「もしかして、わたしのこと怖い?」
「正直」
「大丈夫。幽霊とかそういうのじゃないから。強いて言えばそうだな――未練が具現化したもの?」
「怨念の塊……」やっぱり怖いやつだ。
「まあ、そんなところだね」彼女は朗らかに笑った。「未完の漫画の怨念って、結構近いかも」
「わたし、呪い殺されたりするんですか?」
「まさか。ようやくわたしの存在に気づいてくれる人が現れたのに、殺したりなんかしないよ。そもそもそんな力ないし」
「じゃあ、体を寄越せとか?」
「似たようなものだけど、強制ではないよ。あくまでもお願いだから」
「お願い……」
「今度の日曜、わたしをある場所へ連れて行ってほしいんだ。頼みを聞いてくれたらキミの願いを何でも叶えてあげる。一つだけだけど」
 怨念の塊からの提案。それはほとんど悪魔との契約だ。けれどわたしには、そうしたものに対する恐れを鈍らせるほどの懸案があった。
 得体の知れない力を借りてまで、消してしまいたい悩みが。
「やります」わたしは頷いた。「本当に、願いを叶えてくれるのなら」

 そうして、わたしは誰にも見られないよう姿を消した形でここにいる。どうかしているといえば、何から何までどうかしている。もちろん、わたしを含めた全てが。

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