小説

『昼下がりの空き部屋から』斉藤高谷(『春の野路から(岩手県)』)

 今更ながらどうかしている。
 高校生には場違いな、日曜日のオフィス街のレストラン。人は確かに多いけれど、誰もが小声で話し合っているのか静かで、食器の触れ合う音が時々聞こえる。その窓辺のテーブルに、わたしたちは着いている。
 窓に近い席では、わたしより一回りは上と思える二人の女性が、ワインを飲みながら話しをしている。彼女たちは高校の同級生で、わたしより遙か前の卒業生でもある。
 わたしの向かいでは、さっきから卯月がシナモンのかかったフライドポテトを摘まんでいる。余程気に入ったようで、息を吐くようなペースで手を動かしている。更に隣の女性のワインまで手に取る。
「ちょっと」わたしは囁く。
「大丈夫。少しぐらいなら気づかれないよ」
「そうじゃなくて。一応高校生でしょ」
「でも架空の存在だから。キミはダメだよ。本物の未成年なんだし」
 そう言って彼女はグラスを呷る。想像していた味と違っていたらしく、「全然ブドウの味しない」と顔をしかめる。
 窓辺の二人は会話を続けている。ワインやつまみが減っていることなど、少しも気づいていないようだ。そもそも、同じテーブルに自分たち以外の人間がいるとさえ思っていないだろう。無理もない。彼女たちの向こうのガラスにうっすら反射している景色には、わたしと卯月の姿は映っていないのだから。
 わたしもポテトに手を伸ばす。

 卯月と出会ったのは金曜日の昼休み。教室を抜け出し、逃げ込んだ空き教室でのことだった。
 そこは他の教室の三分の一ぐらいの広さしかなく、物置として使われているようだった。太鼓のような楽器や人体模型、イーゼルや折り畳んだパイプ椅子といったものが雑然と押し込まれていた。暗いしカビ臭くもあったけど、教室で過ごすことに比べれば何でもなかった。
 部屋の片側は背の高い棚で占められていて、その前に腰を下ろせそうなスペースが空いていた。
 座ると、棚の一番下の一画に冊子が並んでいるのが目に付いた。製本テープの貼られた背表紙には更にインデックスシールが貼られ、そこに手書きのボールペン文字で数字が振られていた。わたしはその中から〈1〉を抜き出した。
 コピー機で刷り出したと思しき紙を綴じただけの粗末な冊子。そこに描かれているのは漫画で、わたしがこれまで読んできたどの漫画よりも絵が拙かった。素人の手によるものだと素人目にもわかった。けど、それが不思議とやめられない。どこかで見たことあるようなキャラクターや展開であるにも関わらず(だからこそなのかもしれない)、つい続きが気になって読み進めてしまう。幸か不幸か手の届く距離に続きが並んでいて、気づくと次の巻を抜き出していた。
 遠くで午後の始まりを告げるチャイムが鳴っても、スマホに同級生からのメッセージが届いても読み続けた。
 十四巻目を閉じ、すっかり馴染んだ動きで次の巻を取ろうとしたら、続きがなかった。別の棚も探したけど、やっぱり見当たらなかった。
「いくら探してもないよ」

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