小説

『わたのはらの姫』七尾ナオ(『江談抄などの小野篁伝説(京都)』)

「ひゃ、百鬼夜行だッ」
 そうだ、これは百鬼夜行だ。その名前を、最近どこかで聞いた気がする。百鬼夜行の一群が私たちの前にずらりと並ぶ。最後尾をゆっくりと歩いてきたのは、ラミィちゃんのままの父さんだった。さっきはよく見えなかったけれど、ドレスにはスパンコールで蓮の柄が入っている。私は、提灯や紙吹雪に照らされてチカチカ光るその蓮を見ていた。
「俺ぁ死にたくねえッ」
 私に斬りかかった男は、ガタガタ震える手で刀を鞘に納めようとしたけれど、うまくいかずに結局刀を捨てて走っていった。
「ミツキちゃん」
「父さん」
 音楽が止んだ。父さんは、馬鹿みたいにフサフサしたつけまつげをしている。父さんは、高く盛り上げた髪にクジャクみたいな羽をつけている。父さんは、私を助けに来てくれた。ありがとう、と言おうとしたけれど、力が抜けて、私の意識は紙吹雪と一緒に飛んで行った。

 目を覚ました時には、私は父さんの背中にいた。いつものポロシャツだ。父さんにおんぶされるのなんて、何年振りかわからない。
「目、覚めたか」
「うん」
「悪かった、黙ってて……父さん、ちょっと前からあのパブで歌ってるんだ。その、イヤだったと思うけど」
「イヤじゃないよ、むしろ、父さんにもちゃんと好きなことがあってよかった」
 父さんは、そうか、と笑った。
「でもこの街なんなの? 刀持ってるし、百鬼夜行とか、意味わかんない」
「街?」
「ほら、提灯がいっぱいあって、私が斬られそうになって、父さんがお店の人いっぱい連れてきて……」
 そこまで言って気づいた。ここは、あの街じゃない。いつもの松原通だ。
「『ネコノコ・コネコ』はこの辺りには珍しい、その、そういう店だよ。ミツキちゃん、店の前で寝ちゃったんだろ?」
 揚げ物屋、パン屋、和菓子屋。
「うん……」
 電気屋、花屋、それから交番。父さんの背中から、そっと後ろを振り向く。見慣れた、いつもの街。東の空はもう少しずつ明るくなっていて、薄い灰色の向こうに青が広がっていく。私は、父さんの歌をうろ覚えで口ずさんでみた。父さんは、耳まで赤くなりながら、やめてくれぇ、と叫んだ。

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