小説

『西出口』劇鼠らてこ(『賢淵(宮城県仙台市)』)

 私の使う、私の使った、あのゴミ置き場が──深い深い地の底に沈んでしまった、という記事だったのです。
 シンクホール。地下に出来た空洞などによって地面に穴が開く現象。
 それが、あの傘を捨てたゴミ捨て場で、ピンポイントに。

「……部長。私、もう西出口使わない事にします」
「いきなり何の話だ?」

 西出口、西出口。
 あそこには彼がいる。多分、この写真にある、くらやみの底から。
 虎視眈々と狙っているのだ。深く、深く、引き摺り込む餌を、ずっと。

「ちょっと使う駅変えたいので、後で定期の申請書ください」
「構わんが、本当にいきなりどうしたんだ?」
「どうせ私は学ぶほど賢くないので、無理矢理習慣を変える事にしただけです。あ、あとこれ」

 このままあそこを使っていたら。
 私はまた、天気予報を信じて。私はまた、重要書類をカバンに入れて。
 私はまた、傘を受け取ってしまいそうだから。

「ごめんなさい。昨日の大雨で、それはもう濡れてしまいました。作り直します」
「折り畳み傘くらい持っとけよ社会人」
「返す言葉もないです」

 これからは折り畳み傘を常備して、違う駅を使う事に決めた。

 
 それ以降、あの男の子に会う事は、一度も無かったのでした。

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