小説

『猫ムコ入り』淡島間(『犬婿入り(日本各地)』)

 私は目だけを動かして、そっと隣をうかがった。
 妻は、「わー、きれいな猫ちゃん」と言って、猫をなでている。
 しかし、その目は笑っていない。この前衛的すぎる展開に、マコの真意を計りかねているらしい。娘の言うことを、一応信じている、というフリをしているが、その実、自分の立場を曖昧にしている。下手なことは言わないでおこう、という、受け身の姿勢だ。
 妻の手から離れた猫が、こちらに向かってきた。通りすがりに、私の脚を、長い尻尾でペンペンとたたく。敵をからかうような、鷹揚な挨拶だ。ムカツク!
 私に睨まれながら、猫はひらりとソファーに飛び乗る。
 おかえり、と言って、マコが耳を掻いてやると、仰向けになって腹を出す。ここもなでろ、ということだ。
 マコと猫の相思相愛ぶりは、傍から見ていて不愉快なほどだった。人間同士であれば、バカップルの称号は免れられまい。
 妻は目を反らして、庭を見ている。現実逃避だ。
 ……仕方があるまい。私がしっかり、マコに問いたださねば。
 反撃の狼煙の代わりに、私は盛大に咳ばらいをした。
 それでも、マコも猫も、姿勢を正さない。二人の世界に浸っている。
 これにはカチンと来た。マコはこんな、ずうずうしい子ではなかったはずだ。いつでも私の言うことを聞いて、親の期待に応える、模範的な孝行娘だったのに。
 恋に心を奪われた娘は、親さえもないがしろにするものなのか。相手が猫とはいえ……。
 そうだ。相手は猫。夫にはなり得ないことを、私が教え諭してやる。
「こんなのがマコを養っていけるのか? 猫の分際で、金など稼げまい!」
 イライラとぶつけた言葉を、マコはさらりと受け流す。
「私が働いているから、大丈夫。夫が妻を養うべきって決まりもないんだし」
 マコは落ち着いて、猫をなでている。私にはその返答が気に入らなかった。
「第一、猫では一家の長になれんぞ! 家庭を治めるにはな、威厳というものが不可欠だからな!」
 続けて放った第二の球も、マコは笑って打ち返す。
「一家の長って、そんなの、必要ないでしょ。それに、私は威厳がある人より、一緒にいて心地良い相手と暮らしたいの」
 その言葉は、スコーン、と頭に命中した気がした。同時に、脳裏に浮かんだ顔がある。
 気難しい上司が、最近、目に見えて朗らかになったので、それとなく理由を探ると。保護犬を迎えてから、家の中が明るくなった。今ではすっかり、犬が一家の中心だ、と……。
 必要なのは、「頂点に立つ者」よりも、「中心にいて、皆を引き寄せてくれる存在」なのかも知れない。その時にはそんなことを考えたわけだが。
 もちろん、口には出さない。出せば負けを認めたも同然だからだ。
 ギリギリと奥歯を噛みしめる私とは対照的に、マコはあくまで、にこにこと応じる。
 普段通りの、優しく、温厚な娘。その隣で、機嫌良くのどを鳴らす猫。自分が非難されていることなど、どうでもいいらしい。
 その余裕の態度は、私を一層ヒートアップさせた。

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