小説

『猫ムコ入り』淡島間(『犬婿入り(日本各地)』)

 決意を新たにしたところで、チャイムが鳴った。
「はぁーい」
 応じる妻は上機嫌だ。踊るような足どりで、玄関に向かう。何の変哲もないチャイムが、娘の婚約者の来訪を告げる福音に聞こえるのだろう。
だが、私にとっては宣戦布告の号令であり、絶対に負けられない闘いのコングだ。
 娘を賭けた闘いの幕は、今、切って落とされた。
 廊下に飛び出ると、ビーチフラッグの選手もかくやという勢いで、玄関を目指す。
のこのこと我が城に乗り込んで来た愚かな男め。マコを奪うのは、この俺を倒してからしろ!
 妻の手によって、扉はゆっくりと開かれてゆく――。
 憎き敵の姿を睨みつけるはずだった私は、思わず目を見開いた。拍子抜けして、口まで開いてしまう。
「お父さん、お母さん、久しぶり」
 扉の向こう、残暑の厳しい日差しの中に、マコが立っていた。照れたように笑って、軽く頭を下げる。
 マコの隣には、誰もいなかった。
 ただ、白い腕の中で、猫が一匹、目を細めている。

「……それで、初めは外で会うだけだったんだけれど、そのうち、一緒に暮らそうって話になって。同居可のアパートに引っ越したの」
(ペット可、だろうが)
と突っ込みたいが、ここは我慢して、何も言わない。こんな状況は認めない、という、無言の圧力のつもりだった。認められるわけがない。居間に三人と一匹が集まったこの光景を、娘の婚約報告会だとは……。
 しかし、マコは親の承認を待たず、話を進める。もじもじとはにかむ様子は、恋人とのなれそめを語る気恥ずかしさに満ちていた。ほんのり赤くなった顔は、妙な興奮をたたえている。
「彼、本当に優しいの。嫌なことがあって、落ち込んでいると、何も言わないのに、全部分かってくれて。ずっと傍で慰めてくれるの。何て言ったらいいのかな、心が通じ合っているとしか……」
 どうやら、これが「のろけ」の末期症状らしい。完全に、幸せムードにやられている。
 有名大学まで出してやったのに、親の恩を忘れたのか、娘よ!?
 私はこんな、ふざけた茶番につき合うために、苦労してマコを育てたのではない。
 それは、まあ、どんな男が来ても、嫌なものは嫌だ。だが、「お嬢さんを僕にください!」と言うことさえできない猫を、娘の婚約者として紹介されるのは、論外だ。
 私は苦々しい気持ちで猫を見た。元はといえば、こいつが元凶だ。
 猫は、さっきから動きまわっている。カーペットの上をうろつき、本棚に登り、置時計の匂いを嗅いでいる。
 やたらと大柄な猫だ。猫の大男と言いたいほど、デカい。短い毛は全体的にクリーム色で、腰の辺りに薄茶色のしま模様がある。瞳は水色。何という品種か、知らない。興味もない。大方、雑種だろう。
 猫は私の視線にかまわず、そそそ、と、テーブルの下をくぐり抜けた。妻の足元に近づき、ごろごろと身体をすり寄せる。
 そうだ、妻の反応は? 

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