大慌てで校外に止めた車に向かう両親。校門前を出たところでバイクのお巡りさんと遭遇した。
お巡りさんが事情を訊く。
息子の平次が学校から戻らないと思ったら学校用務員によって人質に取られて金銭を要求されて、あーだこーだ、と両親はまくし立てた。
「本官にお任せください!」
この二十代半ばのお巡りさん、初めての大事件を目の前にしたものだから緊張がマックスに高まり、そのせいで未だに創作物でしか聞いたことのない「本官」という言葉をうっかり使ってしまい、恥ずかしくなって応援を呼ぶことを忘れ、慌ただしく用務員室に向かった。
双高志は眼鏡の中の学校を見ている。
「晩ごはん食べに行こう? パパが待ってる」
ママがリビングから促す。
「平次、まだ学校にいるみたい」
高志は双眼鏡をママに渡してリビングに入った。
ママも学校を眺める。
「お巡りさんが来てるね。何かあったのかな?」
そう言ってリビングに視線を移すと、高志の姿はない。
平次の両親は川久保とお巡りさんに平謝りしている。人質事件が早合点だと判明したからだ。
「どうしてこんな時間まで学校にいるの?」
母親が低い声で質した。平次を見つけたときの安堵はすっかり消え失せ、怒りのみが残っている。
「宿題は家でやるもんでしょ? 俺は宿題をやりたく……」
最後まで言い終わらないうちに、平次はFBIに捕らえられた宇宙人のように両親に手を掴まれた。多少の抵抗を試みたが、校門に差し掛かるとピタリと動きを止める。
平次の目の前に高志が立っている。相も変わらず学校の敷地には足を踏み入れてはいないが、高志は自分の意思でここまで来たのだ。
「高志、何してんだ?」
「宿題手伝うから、帰ろ?」
高志は胸ポケットからペンを取ってクルリと回し、そして敷地に入った。
高志が中々の大仕事をやってのけたのいうのに、平次はペン回しに夢中だ。
「俺もペン回し上手くなりたいわ」
いや、夢中のフリをして当たり前のように高志を迎えたのだ。高志も高志で、平次が夢中のフリをしていることに気づいた。
だから夢中でペン回しの解説をした。教える方も教わる方も上の空だけど。
夏休みは始まったばかりだというのに秋の虫が鳴く。秋が平次と高志を迎えに来たよう。
さて、九月一日。今日もまた平次と高志は一緒に登校している。校門は目と鼻の先だ。