小説

『居残り夏休み』永佑輔(『居残り佐平次(江戸)』)

「チクッちゃおうかなあ? 学校で酒飲んでること」
「待て! 金欠でハンバーガーぐらいしかおごれないんだ」
 そこに配達員がやって来る。
「ごめんくださーい。お届けに参りました」
 届けられたのは寿司だ。
「やらないぞ」
 寿司桶を抱きながらつっけんどんに言う川久保の目に飛び込んできたのは、潤んだ瞳の平次。川久保は早々と白旗を上げた。
「食ったら帰れ」
 その言葉を合図に平次はウニ、イクラ、中トロ、何だかんだ、ペロリと食べ、ちょいとゴメンよと言った具合に川久保の前に置かれた小皿に醤油を注ぎ、最後に玉子を口に放って、
「残りはどうぞ」
「残りって、カッパ巻きだけ! ああ、月一の楽しみが……」
 川久保の言葉を、平次が腹をさすりながら遮る。
「全然足りないわ」
「もう帰れ」
「ハンバーガーを注文してくれたら帰る」
「寿司食ったばっかだろ」
「頼むよ。ウチ、ネグレクトで飯を食わせてもらえないんだ」
 平次はこれみよがしにカーテンで涙を拭いた。
 川久保は二本目の白旗を上げ、スマホアプリでハンバーガーを注文する。
平次は涙を拭うフリをしながら要求する。
「ポテトとコーラ、あとナゲットも」
 そのときだった。
「平次!? 平次!? いるんでしょ!?」
女の叫び声が近づいて来る。
何だ何だと川久保が窓を開けて見ると、平次の両親が立っている。
「やべ」
 平次はカーテンに身を隠そうとしたが間に合わなかった。
「平次! 何してんの!? 心配したでしょ!」
 母親の声は怒り半分、安堵半分。
 父親が平次に手を差し伸べる。
「平次、帰るぞ」
 平次は宿題トークで拒絶を試みる。
「宿題は家でやるもんであって……」
川久保はことここに至ってようやくネグレクトがウソだということと、心の奥底がふつふつと沸騰していることに気づいて、平次を遮る。
「このガキにいくらつぎ込んだと思ってんだ!? 金を寄越すまで帰さないからな!」
 と寿司桶を叩いた。
 両親は驚き、顔を見合わせる。
「金を寄越すまで……」
「……帰さない」
母親はうわずった声を、父親はひっくり返った声を出した。
「パパ、警察!」
「スマホ、車の中!」

1 2 3 4 5