彼に抱きかかえられた私は、いつもの池の淵に座っていた。その池には、大雨、大風、雷で逃げ惑う城の人々の姿が見える。
「恐ろしいだろう?」
そう言って、彼は自虐的に笑う。笑う、から、彼の頬を引っ張った。驚いたような顔をする彼に、「不細工。」と笑って仕返しをする。
「恐ろしくなんかないわ。」
ありがとう。その私の言葉に、彼は少し照れたように笑った。
抱きかかえられたまま、池に映る村の様子を見つめる。空は世界の終わりかのように真っ暗だ。人々の悲鳴、木々が揺れる音、時々映る父上と母上。彼らは抱き合って涙を流していた。けれど、急に、ピタリと雨が止んだ。
「・・・え・・・?」
「このくらいでいいだろう。」
真っ黒な雲がはけていき、青空が見えだす。
「どうして?彼らはあなたにあんなひどい事をしたのよ!?」
驚いて見上げれば、彼は困ったように笑う。
「お前は、自分が泣いている事にも気づけんのか。」
「・・・え?」
彼の手が私の頬に伸びて、私はやっと自分が泣いている事に気づいた。涙を流すのなんていつぶりだろう。久しぶりに頬を伝う水滴は、とめどなく溢れ続ける。
「自分がどれだけ傷ついても泣かないのに、人のために涙を流す。」
脳裏に、抱き合って涙を流す父上と母上の姿が浮かんだ。だって、だって。どんなことをされたって、どれだけ傷ついたって、あの人たちは私の家族だ。たった一人の父で、血のつながった家族で、母上にだっていつか認めて欲しかったのだ。
「本当にお前は、変な人間だ。」
そう言いながらも、彼の声は温かい。私の頭を優しく叩いて、馬鹿だな、と笑った。
姫は二度と村に戻っては来なかったが、それ以来村には何ひとつ災が起らなくなった。殿様たちは黒龍を恐れて村から出て行き、人々はいつしか黒竜が黒姫を連れ去った方角にある山を黒姫山と呼ぶようになった。池の傍には見たこともない珍しい柄の蝶々が2匹寄り添って飛んでいるとか。