小説

『ある日、図書館で』石咲涼(『三枚のお札』)

 人は見かけによらない。いや、本当に辛いことを経験している人はそれを敢えて見せたりはしないんだ。
「まりえさんだって、いつもきちっとしてるじゃない」
「え? どこが?」
「ママの手作りお弁当、とっても美味しくてかわいいいってよく聞くわよ」
「ああそれは娘が喜ぶから頑張ってしまうだけで」
「なかなかできないよ。今の時代、楽しようと思ったらいくらでも手抜きできるから。私ももう少しゆっくり料理できたらいいんだけど。台所なんて戦場みたいになっちゃう」
 あははと今度はカラッと笑った。
「……どうもありがとう」
 私の唯一の取柄、こだわった手料理を美香さんみたいな人に褒められてびっくりした。
 でも、正直こだわりすぎて自分の首を絞めている時もあるんだけどねと思った。

 夜に、私はお札をまた取り出した。今日は黄色い和紙に緑の葉が描かれたお札に惹かれる。そよ風が今にも吹いてきそうだ。
 と同時に、美香さんの笑顔が浮かんできた。
 なんでも完璧にこなせそうなママが、もっとゆっくり食卓を囲みたそうだった。忙しい毎日ならそうだろうなあ。私はぼんやりと想像した。
 うーん、勝手に私が、頼まれてもいないことをお願いしたらいけないよね。だとしたらどんな風に願えばいいんだろう。
 お札を眺めているうちにまたうつらうつらして、いつの間にか眠ってしまった。

 翌朝、休日だというのに早くに宅配が届いた。何かと思えば、総菜セットだった。体にいい素材で作りました! と大きく書かれている。
「あ、カードのポイントが貯まってて、健康志向の人に流行ってる総菜セット頼んでみたんだ。なんか忙しそうだったから」
 布団の中からパパが言った。
「え……」
 成分を見ると本当に体に良さそうで、こんないいものあったんだと驚いた。
(たまに息抜きがあってもいいのは、私もだったのか)
 苦笑した私に、「わーなんかおいしそうだね」と娘は嬉しそうだ。
「じゃあ、楽させてもらってその分遊ぼうかな」
 朝食をささっとすませて、いつもより早い時間に外へ出た。

「あれ? ここにあった滑り台どこにいったんだろう?」
 久しぶりに少し遠くの公園に来て私はびっくりした。
「何言ってるのママ。もうずっと前になくなっちゃったでしょ」
 娘の言葉に、なんて余裕がないんだろうと自分にひいた。

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