小説

『あきらめよう』洗い熊Q(『諦めている子供たち』)

 その日の夜は、この国はもう終わりだという空気で濁りきっている。
 それは雪が降る中の満開の桜。
 もう花が散り終わると思うか、この椿事に何かが始まると感じるか。
 言い知れぬ不安。闇を重く肩に乗せ人々の活力を鈍らせる。それが目に余るか駅前の歓楽街は多重像。

 足早に帰途に着く人ばかり。立ち止まる人などいない。そんな人がいなければ錆びついたシャッターを下ろす店ばかり。

 外灯も何時もと変わらない放電を為ている筈が、それも錆びつき薄らとワット数を誤魔化し陰鬱で暗い。
 そんな暗がりのシャッター街に彼女はいた。
 街路脇に座り込み、彼女にとっては大きなギターを抱え込む様に弾いていたのだ。マスクで顔で確認は出来ないが、雰囲気はかなり若い子だと感じた。

 足を止めさせたのは、きっと彼女のリズム。淡々と軽快。そして狂わない。
 それが心地よいと思ったのだろう。ふと視線が手元に行き、ネックを滑る指と絃を奏でる手首。
 妙に違和感を覚え釘付けになった。
 コードを押さえる指は滑らかだが、繊細で優しく。絃を跳ね上げる手首は力強い筈なのに、遠慮ではなく控えめだった。
 違和感とはそれだ。主張と独りよがりが背中合わせの音楽という世界で、彼女の控えめという印象が気になった。
 私と同じ思いであろうか、少ない通りすがりの人でも何人か足を止める。その何人かは必ず、スマホを出し彼女をかざして立ち去っていた。
 そういえば、控えめと言えば彼女は投げ銭を入れる物を用意していない。
 そして彼女は歌わない。ずっと、しっとりとスローなメロディを弾き語るだけ。
 この時期だから大声で歌うのは咎められるか。路上で演奏そのものだって普通はいけない筈だ。ゲリラ的に演奏しているのだろうか。
 気に掛け彼女の目の前でやって来て、何人かがスマホをかざしていた理由が分かった。
 QRコードだ。小さな立て看板に描かれている。最初は投げ銭箱代わりにQR決済にしていると思っていたが。
 どうやら違う。小さな説明文に「動画はこちらから」と書かれていた。
 目の前に来た私に何か語るかと思ったが、彼女は粛然と音色を響かせただけだ。気になるも何も、そのQRコードを読み込ませて立ち去るしか出来なかった。

 
 家に帰り、一息ついた頃にQRコードの事を思い出す。

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