小説

『豪雨』中村市子(『蜜柑』)

 ブン太は私をじっと睨みつけ警戒している。子猫が心配なのだろう。ブン太の見張りの元、ガツガツと餌を頬張る子猫たち。子猫たちが猫缶を空にしたのを見て、ブン太が私に「にゃーーーー」と長く鳴いた。
「お、お代わり、でしょうか!?」
 新たに猫缶を差し出す。
「本当はそれ、お父さんの遺品だからあげたくないんだよ」
 ブン太親子は私の言葉など無視してガツガツと食べ続けた。

 私は彼らが食べれば食べるほど、なぜか彼らを直視できなくなっていった。どうしてだか胸が苦しい……。耐えられなくなって、家を飛び出した。父の自転車にまたがり、猛スピードで山道をくだる。一心不乱にペダルをこぐうちに、胸の苦しさの理由が分かってきた。ブン太が偉大だからだ。自分のために、子供のために、どう思われようとただただ必死に生きている。「生きること」と誠心誠意向き合っている。私はどうだ?この世に生を受けた同じ生き物として、生きることに精一杯、向き合えただろうか……?

 気づけばスーパーの前に立っていた。入り口で「本日ペット用品サービスデー!3割引!!」と書かれたのぼりが風にそよいでい る。店に駆け込んで買い物カゴを両手に掴み、店員を捕まえこう聞いた。
「一番高くて、一番美味しい猫缶、どれですか?」
 言い終わると目から涙がどっと溢れた。どんな形であれ、生きようと思った。

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