青果市場で花を買い、車に戻ると佳代は助手席でぐっすり眠っていた。雄一は「お待たせ」とささやき、エンジンをかける。
「相変わらずフィンランドなのね」
後ろの座席から裕子が言う。「フィンランドって?」と紗希が聞く。
「おばあちゃんが昔、旅行した国なんだって。そこでおじいちゃんと出会ったのよ」
「戻りたい時間なんだろうな。そこに行けるんだから幸せだよ」
雄一は車を走らせる。
「旅行に行ってるの?」
「頭の中でね」
「だから忘れちゃってるの?」
紗希の声が大きくなり、雄一はちらっと助手席の佳代を見た。夢を見ているのか気のせいか、佳代は微笑んでいる。
「みんないつかはなるんだよ。お父さんもお母さんも、紗希だっておばあちゃんになったら。みんないつかは通る道なんだ」
海沿いの道を離れ、車は細い坂道へ入っていく。雄一の家のお墓は海を臨む丘の中腹にあった。途中の駐車場からは階段をひたすら上っていかなければならない。
「ここ知ってる」
窓に顔を押しつけ、紗希がはしゃぐ。
「ユキヤナギの花がいっぱいね。ほら、あの白い花」
駐車場には車が数台止まっている。エンジンを切り、裕子と紗希に「先に行ってて」と伝えると、雄一は「お母さん」とそっと佳代の膝をさすった。