小説

『弓を捨てた狩人太郎』橘成季(『古今著聞集』)

 落ち葉が積もった亀岩に、あぐらをかいて座ると、竹筒の水でのどを潤し、首筋の汗をぬぐい、笹の葉にくるまれた握り飯を頬張った。
(おっ母の握り飯なら、もっとうめえのにな)
 母は昨年、流行(はや)りの病で、ひと月ばかり寝込んだ末、亡くなってしまった。
 太郎はこの夏、村の人々の助けをかりて、新盆の供養を済ましたばかりだ。
 父の方は十年も前に山の事故で亡くしていた。それ以来、ずっと母との二人暮らしを守ってきた。だから、その別れは格別につらく、さびしいものだった。
 太郎が狩りで山へ入れば、無事の帰りを神仏に祈り、獲物を持ち帰れば、「やっぱり、父ちゃんの子だぁ」と、喜んでくれた母であった。
 獲物が獲れずに、手ぶらで帰っても、
「そんなこともある、気にするな」と、慰めてくれた。
「おっ母な、またシカ肉、食いてえぞ」と、励ますこともあった。
―おっ母を喜ばすために、狩人になったようなもんだぁ。
 指についた飯粒を、口でひろいながらも、一年前の、母の臨終の場面がよみがえった。
 いよいよもう危ない、と思われた時―母は苦しい息の下で、やせてしまった腕を伸ばして「太郎、山さ入っても、けがしねえようにな」と、ひと言ポツリと言って、太郎をじっと見た。それが最期の言葉となった。
 ふうっ。
 太郎は、深いため息を一つし、竹筒の水を、一気に飲みほした。 
 両腕を突き上げて、思いっきり背伸びをし、ごろんと亀岩の上であおむけになった。
 腕枕をして空を見上げた。
 ピーヨロ、ピーヨロ・・・・・・トンビが一羽、輪を描いてゆっくり舞っている。
 日の出と共に山に入り、歩き回った疲(つか)れが出て、すぐにうとうとした。
 夢を見た。
 囲炉裏端にいる太郎は、まだ小さくて母のひざに抱かれている。
「おっ母、お父は、いつ帰る?」
「山で、獲物を獲ったら、帰ってくるぞ」
「いつ?」
「太郎が、良い子にしておればすぐ」
 母は、太郎の頭をなでながら、消えかかっている囲炉裏の火をおこしている。
「お父が、山で、いっぱい獲物獲って帰れば、あんころ餅、いっぱい食わせてくれる?」
「はい、はい、銭が入ったらなあ。だけど太郎、お父は山に入っても、山神さまのお許しになった分しか獲らないぞ」
「山神さま、あんころ餅いっぱい食えるように、いっぱい獲らせてくれる?」 見上げる太郎に、母は愛情深い眼でうなづくが諭すように、
「動物たちにも、お父やお母がいる。山神さまは、太郎があんころ餅食う分は獲らせて下さるが、それ以上は動物たちがかわいそうだから、お許しにならない」
夢はそこで終わった。
(なんでこんな夢、見たのだろう)
 母の一周忌を終わらせたばかりで、殺生をするな、ということか。

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