小説

『鼓動』ウダ・タマキ(『姥捨て山』)

 亜津沙は周囲を見回した。そこは荒野などではなく、小さなタンスとロッキングチェアが置かれた整然とした部屋だった。
「いやぁ、良かったわ。法律で老人を棄ててもいいってことになったとか、やけに具体的な夢だったから」
―はははっ、そんな法律あったらいいのにな
「冗談よしてちょうだいよ! ところで、いつになったら会いに来てくれるのよ。冷たいものねぇ」
―だから言っただろ? 今は新しいウィルスの感染が拡大してるから、全国どこの老人ホームも面会禁止って。こうやって画面越しに会えるんだからいいじゃないか
「会えるって言ってもねぇ……画面越しでは寂しいものよ。息も温かさも鼓動も感じることができないじゃない。いつまで続くのかしらねぇ、こんな状況」
―今から100年前の2020年頃にもこんなことがあったってさ。それでも人類は危機を乗り越たんだから、きっと大丈夫さ。昨日のニュースでやってたよ
「だったらいいんだけど。じゃあ、収束するのを願って、しばらくは我慢しましょうかね」
 亜津沙は窓の外を見た。青い空には白い雲がゆっくりと漂っていた。僅かに開いた窓から入り込む心地よい風が、部屋の中を流れる。亜津沙は胸に手を当て、自らの鼓動を感じた。

1 2 3 4 5