小説

『犬を一匹』樋渡玖(『花咲か爺さん』)

 ああ、警察の方ですか。今回の事件についてお話聞きたいと。
 はい、はい、もちろんです。どうぞ中へ。長年隣人としてあの老夫婦とはやってきましたからね。今回の事件が起きるまでの経緯からお話しします。
 そうですね………どこからお話しましょうか。
 最初から? 気づいたときから? では最初に異変を感じた時からお話しします。

 あの犬がきてからあの老夫婦はおかしくなったんです。
 はい。数年前からですね。近所に小さな野良犬がいたんですが、その犬をあの老夫婦が引き取ったんです。あちらの夫婦は子供もいなかったので、それはもう可愛がっていましてね。
 私たち夫婦は犬があまり好きではないので、お隣が犬を飼いだしたのはいい気持ちはしませんでしたが、なんせ大人しい犬で。吠えたりもしないのでまぁいいかと静観していたんです。
 ただ、ある時から急にあの犬のことを『神の使い』だかなんだか言いだしたんです。
 この犬が示す場所を掘ると、土の中からお宝がでてくるんだと。そう言って真面目な顔で土にまみれたお札や小銭を私に見せてくるんです。
 いや、最初は冗談かと思っていたんですけどね。そんな冗談をいう人たちじゃないから、疑問を持ちながらも犬を一度お借りしたんです。
 私もちょっと夢を見てみたかったというか……。ほら、埋蔵金とか。
 え? 結果ですか? 
 はは……何もでなかったです。確かに犬が何か言いたげにうろうろするところはありましたけど、その場所を掘ってみても、出るのは虫に蛇に、古びたおもちゃだけ。犬にとっては宝物かもしれないですけど。で、結局何も出ませんでしたよって言って犬をお返ししてそれっきりです。あの老夫婦は何も言いませんでした。
 その後……一年前、くらいですか? リードが外れてしまった一瞬の隙にその犬が道路に飛び出してしまって、車にはねられてしまったんです。私たちはその場にはいなかったのでよく知らないのですが、半狂乱になるくらい取り乱していたそうですね。
 その犬も残念ながら死んでしまったみたいで、他人事ながら可哀そうにとは思っていました。
 犬をひいた犯人ですか? 
 いえ、どうやら犯人はひいた後に逃げてしまったみたいです。まぁ、所詮犬を一匹ひいただけでは警察も動いてはくれないというのを分かっていたのか、老夫婦も特に犯人捜しはしなかったみたいです。
 その犬が死んでからです。本格的にあの老夫婦がおかしくなったのは。

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