小説

『怒りで失敗した人生、やり直してみませんか?』ウダ・タマキ(『北風と太陽』)

「で、どうすればいいんでしょう、私は」
「簡単に言うと、時を戻り、同じ場面で太陽となって相手を照らしていただきます」
 今更になって怪しい雰囲気を感じ始め、同時に恐怖心が私を襲う。直ちに店を出たい衝動に駆られた。
「ここで帰られても構いません。しかし、あなたを待つのは殺害された奥さんのご遺体。あなたの行き先は刑務所しかありませんよ」
 私は無意識に角度を変えていた座位をまっすぐに正し、そして「やります」と返した。そうだ、どうせ、私には黒く塗り潰された暗黒の未来しか存在しない。
「過去になんて、戻れるんですか?」
「お伝えした通り、これは世界規模の実験です。公になっていない技術が、この世界には数多く眠っています。人類が宇宙に行くようになって数十年ですよ?」
 薄暗闇に浮かぶマスターの笑みに、背筋が冷たく感じた。

 かくして、私は気が付くとリビングのソファに座っていた。何かをきっかけに目の前が暗くなり、そして気付いた時には”戻っていた”のだ。その過程の記憶は全くない。
 キッチンから水の流れる音がする。妻が食器を洗う音。我が目を疑った。しかし、左腕に視線を落とすと、見覚えのあるリストウォッチのようなものが巻かれていた。ナルト模様の風のイラスト、その隣に太陽のイラストが並ぶ。現在の数値はそれぞれゼロを示している。怒りの感情に風の数値が反応し、優しさには太陽が反応するらしい。これは感情ではなく、客観的数値を示すため、どれだけ苛々しても、笑顔さえ浮かべていれば太陽が反応するそうだ。
「太陽の数値が高くなるように意識して下さい。最高値は百です。実験が終われば、必ずこちらへ戻られますよう、お願い致します」
「分かりました」
 マスターとそんな言葉を交わしたことを思い出した。

「君の気持ちは分かるけど、何とかならないかな?」
「絶対にイヤ! なんで私があんな田舎に引っ越さないといけないのよ! あなた一人で行けばいいじゃない」
 妻の言葉に、やはり怒りの感情が沸き上がる。きっと、表情にも出ている。風の数値が三十に上昇した。視覚で怒りを捉え、私は一つ大きく深呼吸をし、努めて笑顔で振る舞った。
「き、君がいない人生なんて、考えられない」
「えっ?」
「あ、当たり前じゃないか。君なしで生きていける訳なんかないだろ?」
「なによ、突然そんなこと」
「事実を言っただけさ」
 私が優しく微笑むと、太陽が四十を示した。妻の怒りも緩和されているようだ。
「気持ち悪い!」
「いや、事実だから仕方がないじゃないか」

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