手を引いて連れて帰ろうとするテテに抵抗しながらトキは言った。
住宅のある町とは違って、崖の上は風も強くて危険だったので、早く町に戻りたかったがトキは動かない。困ったテテが泣きそうになったとき、背後から男の声がした。風が強すぎて人が来たことにふたりは気づかなかった。
振り返ると男は灰色の作業着を着ていた。胸のポケットの位置に電力会社の名前が刺繍されている。
「こんなところで何をしているんだ」
作業着姿の男はふたりに聞こえるように大きな声をだした。
「おじさんこそ何をしにきたの」
「風車が壊れていないか様子を見にきたんだよ」
「はやく風車を止めてよ。風車が回っているせいで風がやまないだろう」
「なに言っているんだ。台風だからすごい風が吹いているんだろうが」
「風車がすごい風を起こしているんだよ」
男は呆れたように口をつぐんだ。テテはトキの後ろで申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。
「どこの高校だ。ちゃんと勉強をしているのか」
「おじさんよりたくさん本を読んでいるから」
「本を読んでもそれじゃあな」
男は哀れむように言った。
ポケットの中で金属が触れ合う音がしているのをトキは見逃さなかった。鍵を持っているに違いない。風車の柱には鍵がかかったドアがついている。開ければきっと柱の中に入れるに違いない。
「鍵を貸してよ。それがあれば風車の中に入れるんでしょう」
「貸せるわけないだろう。早く帰りなさい。学校に言いつけるぞ」
「俺は学校になんか行っていないよ。テテは行っているけどな」
「なに、高校にも行っていないのか。なんだ、不良か。風車の仕組みも知らないのは仕方がないかな」
男は半分笑いながら言うと、ポケットに手を入れて鍵の感触を確かめた。
不良と言われて頭に血がのぼったトキはいきなり男に襲いかかった。男のポケットから鍵を奪い取ろうとして手を突っ込もうとした。男は力に自信があったからトキを馬鹿にするようなことを平気で言ったのだろう。トキの腕をつかむと簡単に地面に投げ倒してしまった。きっと柔道の有段者にちがいない。
仰向けに倒されたトキはすぐに起きあがると、ふたたび男に襲いかかろうとしたが、そのとき、テテはふたりの間に入ると両腕をひろげて止めた。
「子供に暴力をふるったことを会社に言いますよ。作業着に名前が書いてあるから、どこの会社だかわかるんですからね」
テテが一気に捲したてると男は後ずさって睨みつけてきたが、それ以上トキに手を出そうとはしなかった。
「とっさに身を守っただけだよ。正当防衛だ。なにも怪我をさせようとしたわけじゃないからな、な」
男は媚びるように苦笑いをすると、ふたりの顔を見比べた。
「騎士はこんな奴に負けないから」