小説

『風よ、とまれ』吉岡幸一(『ドン・キホーテ』)

 滑稽と笑われようとも騎士のように世のために生きたいと憧れて、ドン・キホーテの継承者になるんだとテテに豪語するまで心酔していた。
 そんなとき台風がやってきた。ちょうど夏休みのときでテテの通う高校は休みだったので、隣に住むテテはいつものように来ていた。テテはトキと違って地元の高校に進学をしていたので普段は会うことがなかったが、休みになると幼稚園や小学校のころと変わらず、毎日トキの家にやってきては一緒に遊ぶのが習慣になっていた。
「風から町を守るために風車を壊しにいくぞ」
 トキは部屋にテテが入ってくるなり言った。
「崖の上にある風力発電用の風車のこと?」
「それしかないだろう。あれが暴走しているんだ。だから早く行って止めないといけない」
「風車を止めたって台風はおさまらないわよ」
「テテは俺みたいに本を読まないからわからないだろうけど、あの風車のせいで大風が吹いているんだぞ。だから止めないといけないんだ。このままじゃ風で町が破壊されてしまうだろう」
「違うわよ。風車のせいで風が起きているんじゃないから。風のせいで風車は回っているだけだから」
「風車が回って風を起こしているんだよ。バカだな。高校に行ってもそんなこともわからないのか。だって扇風機をみればわかるだろう。まわって風を起こしているじゃないか。それと一緒だよ。だからあの風車の羽を壊してとめればこの風もおさまるというわけさ」
 トキは胸を張って得意そうに答えた。
 冗談で言っているのかと思ったが、どうやらトキは真面目に言っているようだった。
 理屈を言ってトキに嫌われたくなかったテテは扇風機と風車の違いを説明するようなことはしなかった。
 トキが「邪魔だから」と言って止めるのも聞かず、「何をするのか心配だから」と答えて、風車のある崖までついてきていた。

 トキは落ちている石を拾っては何度もパチンコで羽を打ったが、当たっても跳ね返されるだけで風車の羽が止まることはなかった。石を拾って手で投げたりもしたが、それも効果がない。よじ登ろうとしたが、風車はあまりに大きく持ち手もなかったので登ることもできず、頑張って途中まで登ってもすぐに下までずり落ちてしまった。蹴っても殴っても自分の手足が痛くなるだけだった。
 リュックからロープを取りだして、石を結びつけ風車の羽めがけて投げたが、百メートル上にあるのでロープは届かなかったし、風に流されて柱に当たることもなかった。
 風は海からゴウゴウと唸りながら吹き続けていた。髪は乱れ、立っているのもやっとだったがトキはなかなか帰ろうとはしなかった。
「俺は町を救う騎士になるんだ」

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