「先生、私のクラス、教室でプラネタリウムをするんです。小さいですけれど」
他の先生たちの会話に紛れてしまいそうなほど、小さい声で掛けた。日向先生はマグカップを机の上に置くと、いいですね、とだけ返した。
最終日の夜、ほとんどの生徒や先生はグラウンドに行っている。文化祭の締めでキャンプファイヤーをしているからだ。私は滅多に行かない自分の教室の窓から、グラウンドの様子を眺めていた。二階からだとまあまあ近く見える。
「来ましたよ」
日向先生はそういって、結局最終日の夜しか来なかった。もっとも、私もずっとここにいたわけではない。いつも行っている空き教室は、文化祭の間でも使われていなかった。日向先生は来なかったので、珍しく「あれなのだろう、日向先生も忙しいのだろう」とぼんやりしながらひとりの時間を過ごした。
「やっとですか」
グラウンドを眺めたまま、日向先生に待ちくたびれましたよ、というかのように呟いた。
「すみません。菅野さんがいるとしたら、この時間かと思いまして。それにしても、プラネタリウム、思ったより上手にできていますね」
「実物はすごくシンプルですけどね。なかにはデタラメな星もあります」
それでも、と言いながら、日向先生はプラネタリウムの本体の前に座りこんだ。ふっ、と私を照らしていた星が消えるのを感じた。今、どんな表情をしているのだろう、と気になって目線を彼に移したが、私に背中を見せるように座っているので、彼が今どんな表情をしているのかは分からなかった。なんだ、見えないのか、とまたグラウンドに目線を戻す。
「この出来はすばらしいです。それに、もしかしたら僕たちが気づいていないだけで、実際に星があるかもしれませんよ」
その言葉が妙に私の心を引き寄せた。地球の重力とはまた違った、知らず知らずのうちにこちらに向かせられているような引き寄せかただった。心と並行するように私の目線はグラウンドから外して、日向先生の後ろ姿を見た。暴力的な要素なんてひとかけらもない、優しくて柔らかい背中だった。あたたかいのだろうなあ、と勝手に想像する。
「また想像力の話ですか? それとも数学の話?」
「どちらもですが、宇宙の話でもありますね。でもそれだけじゃない。未知の話です、希望に満ちた未知の話」
満ちた未知、という言葉を聞いて、一瞬だじゃれかと思ったが、日向先生の様子を見るとそういうわけではなさそうだった。私は、そうですか、と小さくこぼして、それから、日向先生に映っている星を眺めていた。なぜだか、背中に手を当てたら星が取れそうだった。向こうでキャンプファイヤーの音と、賑やかな人の声がする。日向先生との間には静寂が訪れていた。