小説

『粗忽マンション24時』平大典(『粗忽長屋』)

 残されたのは熊五郎。一人で銀行の外を歩いている。
 泣きっ面に蜂の状態である。
 というか、あまりの出来事に、もはやキャパを超えていた。
 自分が八さんを殺した上に、逮捕されている。
 しかも、出る涙は止まらない。
 そこへ、先刻の担当刑事がやってくる。
「おい、お前!」
「なんですかぁ」
「怪我はないか? 強盗は逮捕されたぞ!」
「うぇーん。ハチさんが!」
「そうだ、馬鹿野郎。救急車に乗せたが、手遅れだった」刑事は熊五郎をなだめる。「まあ、強盗は逮捕できた。……犯人の本名は、酒井圭一という男だったぞ」
 それを聞いた熊五郎。
 さらに大泣きして、吠える。
「俺のバカぁああ! 整形した上に、名前まで変えるだなんてよ! そんな暇と金があるなら、強盗なんかしなくていいのに」
「いや、お前逮捕されてねえし。逮捕したやつはもう車両に乗せるところだ!」
 熊五郎は、連行される強盗を見つめ、天に叫んだ。
「逮捕されているのが俺だったら、ここにいる俺は一体誰なんだってんだ!」
 刑事は思った。
 そんなの知るかよ。

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