小説

『粗忽マンション24時』平大典(『粗忽長屋』)

 銀行内はもちろんピリピリしていたが、八さんと熊五郎は御構い無しだ。
 壁に並べられた人質たちは、ポカンとしている。
 カウンターの前にいた強盗は覆面をしていたが、二人を見つけ、声を荒げた。手にはオートマチックの拳銃を握っている。
「お前ら、誰だ!」
 八さんが前に出る。「おう、クマ。お前が強盗していると聞いて、こうしてきたんだ」
「誰だ、オッさん……」
「何を言っているんだ」八さんは腕を組む。「お前が住んでいるマンションの管理人だ。お前が大学生の頃から面倒を……」
「オッさんなんか知らねえよ! ぶっ殺すぞ、じじい!」
「ん、お前、熊五郎だろ?」
「違う違う、なんか勘違いをしていないか。俺は熊五郎って名乗っただけだ。強盗するから偽の名前を使ったんだ」
「じゃあ、本当の名前を言ってみろ」
「馬鹿か、あんた。言うわけないでしょ。とにかく俺は〈熊五郎〉だけど、〈熊五郎〉じゃないんだよ」
「いよいよ嘘まで。俺は悲しい! な、クマ!」
 八さんは隣の熊五郎の肩を叩く。熊五郎は、痛いと呟く。
「なんだ、お前ら。なんか勘違いしてんのか」強盗は拳銃を二人に構える。「怖いんだけど」
「怖いのはこっちだ。こんな根性があるとは」
「だ、だからなんのハナシをしているんだって」
八さんは真っ直ぐ強盗の目を見据えた。「なにって、クマ。お前をここに連れてきて、お前を説得しようってことだよ。なんだい、さっきから」
 一般的に話が通じないのは、狂気を感じて恐怖してしまう。
 熊五郎と八さんはさておき、この強盗もそれは同じだ。
 強盗は、恐ろしくなり覆面をとった。
「な、人違いだろ?」
 八さんは、痩せぎすの強盗とでっぷりとした熊五郎の顔を見比べる。
「なんとまあ」八さんは、感嘆の声を出す。「……ダイエットしたうえに、整形までしやがって。そんな金があるなら、家賃くらい振り込めるだろ。強盗なんてしなくても」
「おい」熊五郎は、八さんに呟く。「俺は、家賃払ったよ。振り込みが遅れたのだって、三年以上の話だ」

 
 強盗の脳内キャパシティは、限界だった。
 命がけだ。銀行強盗で立て篭もりなんてのは。思いついてから、実行まで一カ月以上かかった。計画に時間を要したわけではない。根性がなかったのだ。
 それなのに。
この摩訶不思議な展開はなんなのだ。異世界にでも侵入してしまったのか。
 汗はダラダラ。呼吸が荒い。
 壁際の人質たちも困惑の表情を浮かべている。
「おい、クマ」目の前にいる老人はまだ強盗に話しかけてくる。「さっさと帰るぞ。家に帰って競馬でも観ようぜ」
 もう我慢できぬ。
 強盗は銃口を老人に向けた。
 そのまま引き金を引いた。
 パン。
 銃弾は、老人の額に穴を開けた。

 
 外で待機していた警察は銃声を聞き、一斉に突入した。
 強盗はすぐに逮捕された。

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