小説

『月に願う』吉倉妙(『赤い靴』)

 さっきテレビで自分のニュースが流れました。
 見覚えのある町並みの映像後、私、岡村友子容疑者の中学校時代の同級生と表示された、モザイク画像の女性(A子さん)が、
「同じ美術部でしたけど、彼女は途中で辞めてしまって、放課後はよく図書館へ行っていたみたいです」と私の事を語っていて、A子さんが、きみこちゃんだったらいいのになぁと、この期に及んで思ってしまいましたが、中学生になるずっと前に熊本へ引っ越したきみこちゃんがA子さんであるはずはありません。

「きみこちゃんは、どうしているかなぁ」
 たった一年間だけ、団地の隣人だったきみこちゃん。お互い母子家庭で母親同士も仲が良く、私たちは毎日一緒にお互いの家を行き来して遊びました。
 私より4つ年上の小学5年生で、本を読むのが上手だったきみこちゃんに、私はよくアンデルセン童話を読んでもらいました。
 童話と言っても、きみこちゃんが持っていたアンデルセンの本は文庫本で分厚くて、一つの話が絵本よりもずっと長くて悲しい話が多かったのですが、私はアンデルセンの話が大好きでした。
 中でも赤い靴が一番印象的で、自分はこの主人公のような道を歩むのではないかと、どこかで予感していたような気がします。
 予感と言うとちょっと大袈裟ですけど、赤い靴の主人公と自分は似ていると、幼心になんとなく思ったのです。
 こんなふうにきみこちゃんと過ごした時間はくっきり記憶に残っていて、きみこちゃんママの実家がある県へ帰ることになったきみこちゃん家族二人を、母親と見送ったこともしっかり覚えています。そしてその後、「お母さんの実家はどこ?」と単刀直入に聞いた私に、実家はもう無いのだと言った母。

 その理由を教えてもらったのは、私が中学生になる前の春休みのことでした。
「お母さんが、今の友子と同じ年だった時にね、お母さんのお父さんとお母さんは離婚したの」で始まった母の昔話。
離婚した母の両親はどちらも再婚して、どちらの家族にも男の子が生まれたこと。母の生まれ育った家は売り渡され、母は自らの意思で、中高一貫の全寮制の学校で過ごすことを選んだこと。
 内心とても驚きましたが、私は何事もなかったような顔で頷き、自分の中でうまく消化して、母と二人の生活に感謝しました。
 娘と姉妹みたいに仲良しな同級生のお母さんたちとは違い、母が私に対してなんとなく距離を置いている訳が分かったような気がしましたし、そんな母との関係を誇らしくも思いました。

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