小説

『満開の花が咲き誇る日を』ウダ・タマキ(『オオカミ少年』)

「私は、しがない地方公務員で、妹は専業主婦。叶わなかった夢を子どもに託したかったようですが、親父の期待通りにはならなかった。もちろん、我々は幸せに暮らしてますけどね。君にはもっと、早く伝えれば良かった」
「僕はおじいさんの話を聞いて、勇気づけられました。おかげで将来の夢も見つけました。だから、話が本当じゃなかったとしても、おじいさんには感謝しかありません」
「近所の人からは、嘘つきじいさん扱いですが。そう言ってもらえると・・・・・・親父も幸せだと思います」
 武志さんは小さな笑みを浮かべた。

 イチョウの木々に黄色が混じり始めた十月末の頃。僕は田中商店前で久しぶりにおじいさんと再会した。長い入院で足腰が弱ったおじいさんには、杖が欠かせなくなったが、変わらず元気で饒舌だった。お洒落なスタイルも健在だ。
 その日は、タイに行ったという話だった。屋台で食べたナシゴレンがとても美味しかったそうだ。僕はその話をツマミに喉を鳴らしてコーラを飲んでいる。
 店のおばあさんは言った。「あの嘘つきじいさん、また帰ってきたんだね」と。そう、おじいさんのことをよく知らない人にとっては、ただの嘘かもしれない。だけど、そこに微塵も罪はない。今、そのストーリーの中でおじいさんは生きている。僕もそうだ。おじいさんの話に思いを馳せ、いつかその景色と出会う日を夢見ている。
 おじいさんは、いつも話をこう締め括る。
「世界は希望に満ち溢れている。人生はまだまだこれからだ。楽しめよ」と。
 その言葉は、紛れもない真実だった。
 おじいさんの叶わなかった夢は、僕に託されたと思っている。
 満開の花が咲き誇る日を楽しみに、僕は歩みを進めていく。

1 2 3 4 5