二回目からはおじいさんの座るベンチの隣に腰を下ろし、遠くを眺めて語るその横顔を見ながら話に耳を傾けた。目尻に深く刻まれたシワは、時おり話の途中で僕の方を向いて笑うと、より一層深くなった。おじいさんは過去を懐かしむ時には、長い顎髭を親指と人差し指で優しく摘む癖がある。口に近い髭の一部と右手の爪は、ヤニで黄色く染まっていた。
何度も足を運び、おじいさんと出会うたびに、長い人生を歩んできた形跡や癖、過去や現在のことを少しずつ知ることができた。
おじいさんの息子は、彼の影響を受けて海外に興味を持ち、今はニューヨークで暮らしているそうだ。娘もまた同様に彼の教えを聞き、好きな音楽を仕事にして人生を謳歌しているらしい。いつの間にか僕もおじいさんの影響を受けていたようで、受験に失敗したショックから立ち直っていた。僕の受験の悩みなど取るに足りないようなものだと感じ、そして、大学卒業後に抱いていた国家公務員の夢も今では変わりつつあった。
「人生の財産はお金じゃない。多くの人と出会い、いろんな経験をして、好奇心を満たすことだ」
たった一度きりしかない人生で、できる限り広い世界を見てみたい。漠然としたものだが、そう考えるようになった。人生を振り返った時、おじいさんのように瞳を輝かせながら語れるものがあることを羨ましく思うようになった。
おじいさんと出会ってから四か月が経った。猛暑と表現するには足らず、酷暑という言葉がニュースや新聞を賑わせる八月のある日のこと。田中商店の前におじいさんの姿はなかった。僕はいつものようにコーラを買うため店に入った。すると、店のおばあさんからおじいさんが熱中症で入院したと知らされた。それは心のどこかで案じていたことだった。
「兄ちゃん、いつも山城さんとどんな話してるの?」
おじいさんの名前が山城さんだと初めて知った。僕の中でおじいさんはずっと「おじいさん」だった。
「おじいさんの昔話とか、まぁ、簡単に言うと人生について、ですかね」
「やめといた方がいいよ。あの人ね、この辺りのみんなは嘘つきじいさん、て呼んでるんだから」
「嘘つきじいさん?」
「あの人、嘘ばかり言ってね。最初はみんな信じて耳を傾けてたんだけど、全て嘘だと分かった今では誰も信じなくなってね」
「仕事で世界を飛び回っていたというのは・・・・・・」
「若い頃に家の商売を継いで、ずっと豆腐屋してたはずよ。十年くらい前に店を閉めたけど、ずっとこの田舎にいたわよ」
おばあさんは呆れた笑いを浮かべた。
「いつも楽しそうに話してたから、水を差すようなことしちゃ悪いと思ってね」
シュパッと炭酸の弾ける音がした。「はい、どうぞ」
僕はコーラを一気に飲み干した。いろんな感情とともに、お腹に流し込んでしまいたかった。
おじいさんは倉脇病院の三階にある四人部屋に入院していた。この小さな街で救急搬送されるのは、倉脇病院がほとんどだった。